Pairing要素を前提にしつつ、料理や使われている素材などをフックに、産地や風土、歴史や文化など連想されるものをグラスの中で表現する 1杯の” 作品 “としてのドリンク。
” Imaginative liquid “
音楽や映画、カルチャーやアートなど様々なものからインスピレーションを受け、通常ドリンクでは使われないであろう”食材”や”植物”などからエキスやフレーバーを抽出。ミュージシャンが曲や詩を書くように。アーティストがキャンバスに描くように、表現方法の一つとしての” liquid “を作り出します。
一見、アーティスティックな感性や直感的に作られていそうな Imaginative liquid ですが、alchemy(錬金術)や mixology(科学的調合)といった科学的・理論的なアプローチで緻密な計算の元、開発しています。
そんな Imaginative liquid の発想の起点や表現したかった想い、レシピやリキッド生成の技法を、ドリンク開発の元となる僕の妄想ストーリーを軸にお届けします。香りや味わい、表現したかったものは全てストーリーの中に書かれています。
どんなドリンクなのか、読み取っていただければ幸いです。
Mocktails : サヨナラの曲がり角 – はなればなれ
焦点 : 桜の木の下で
季節は春。食関連の商品・メニュー開発をする人間のほとんどが桜を使用するほど、我々は桜という植物に思い入れがある。寒さの厳しい冬を耐え忍んだ枝から、春の暖かな陽気と共に蕾をつけ、まだかまだかと花開く時を待ち焦がれ、願いが叶ったかのように満開に咲き誇り、数日で散って行く。そんな刹那的な儚さに惹かれるのか。卒業や入学といった学生時代の淡い思い出が顔をのぞかせるからか。
兎にも角にも、僕は誰に命令された訳でもないのに、桜をイメージしたものを最初の1杯に出さなければならない…という謎の強迫観念に襲われる。いや、これは自分を俯瞰しているもう一人の自分が「で、君はどんなドリンクにしてくれるのかな?」と不敵な笑みを浮かべ煽っている。
となると、根性捻じ曲がった天邪鬼な僕は材料として「桜」を使いたくなくなる。
表現したものは「桜」そのものでなく「桜のある風景」
桜の木の下で卒業証書を胸に抱き、最期の言葉を交わす。
私たちは芽生えたばかりのこの桜の蕾のよう。周りの、なにより自分自身の期待を胸に満開に咲き誇ってみせると意気込みながら、その時までじっと我慢している。
世間から見ればごく小さな枠組みかもしれないけれど、この校舎が世界の全てで、外には何が待っているのか見当もつかない。今日を区切りに、その「全て」だった場所から放り出され、未知の世界へ一歩踏み出す。
見えないこの角を曲がった先はどんな景色なのか。大きな壁が聳えているかもしれない。進んだ先が行き止まりかもしれない。何より、この歩みの隣には君が居ない…
サヨナラの曲がり角
・ストロベリーエキス 30ml・・・※
- レモンコーディアル 2tsp
- FEVER TREE SODA 20ml
- ストロベリーシードシロップ 適量・・・※
- レモンタイム
※イチゴをペストルで潰しブレンダーにかけローズヒップペタルなどハーブをインフューズし、遠心分離機にかけエキスを取り出す。分離した繊維質と種(厳密にいうと種に見える部分がいちごの実)を加熱しながらグラニュー糖を加えシロップにする
グラスのリムにシロップを付け、レモンタイムをリムに貼り飾る
氷を入れ、材料を注ぎステア
遠心分離したイチゴのエキスをソーダアップし淡い桜色に。繊維質のピンクに種の茶色が混ざりより濃い桜の花びらや枝に見立てグラスのリムを彩る。
イチゴとレモンコーディアルの甘酸っぱい味わいが、子供と大人の狭間の揺れる心境や、はなればなれになる淡い恋心を表している。
Mocktails : 陽の当たる場所 – I guess maybe I’ve even loved you before I saw you
焦点 : 大陽
暗く刺すような寒さの冬も終わりに差しかかり、陽のあたる時間も少しづつ長くなり始める。
振り返ってみれば、逃げ出したくなるような不安な時、些細な出来事が一滴の闇を垂らし次第に気持ちを黒く暗く染めた時。誰かの言葉や笑顔で救われる事が何度もあった。決してケツを叩いてくる訳でもなく、無理に引きずりだす訳でもなく、夏のギラギラした熱とは違う、柔らかく暖かい、春の陽射しのような存在が勇気づけてくれたおかげで乗り越えられた壁がいくつもある。そんな暖かさをグラスの中で表現する。
春の陽のようなひと
他人との関わり方がわからなくなっていた。距離感というか、自分のスペースに踏み込まれることが気持ち悪い。気が合うと思っていた友人は次第に「友達だろ?」とグイグイ入り込んでくるし、告白され付き合った子からは「付き合ってるんだから」と要求される。相手が言う勝手な「こうあるべき」を振り翳し、こっちの時間と心の搾取をし始める。いつの間にか一人で過ごす事も増え、周りとは気づかれない程度にガラスの壁を作ってしまうようになった。
最近見つけたお気に入りのベンチには文庫本を読む先客がいる。どうやら彼女もよくここで本を読んでいたらしい。どちらの場所という訳でもないので隣のベンチに座りお互い自分の世界に浸る。干渉される訳でもなく、ただ人の気配は近くに感じられる距離感がなぜだか心地良い。
次第に本の貸し借りをするようになり、少しお互いのことを話すようになり、気がつけば日々の小さな悩みも。人と壁を作っていた前の自分が遠くで呆れている。離れておきながら実は誰かを求めていたのかもしれない。どんな話をしても安心させてくれるような柔らかな表情で聞いてくれる。まるで春の陽のような微笑みで。
「出会った時から惹かれていた。いや、出会う前から好きだったのかもしれない」映画 ” A Place in the Sun “より
陽の当たる場所
- Baked Mandarin orange Liquid 20ml・・・※
- エルダーフラワー ハーブティー 20ml
※Baked Mandarin orange Liquid
みかんの外皮を剥き、薄皮のついた状態でシルパッドに並べオーブン(90℃ / 1h + 120℃ / 10min )加熱
スロージューサーで絞ったフレッシュオレンジジュースの中で、加熱したみかんをペストルで潰す
スターアニス、クローブをと共に弱火で10min加熱
ストレーナーで濾す
オーキッドシロップとシンプルシロップを1:1で混ぜたシロップに、グラスの1/3漬からせる
バットに入れたエルダーフラワーの中にシロップをつけたグラスを潜らせ、グラスの外側にエルダーフラワーを付着させる
グラスリムのエルダーフラワーを除去し整える
グラスに材料を注ぎステア
みかんを薄皮ごと焼くことでほっくりとした香りが出る。果肉は加熱され甘みが引き出される。ここにエルダーフラワーを加え柔らかく暖かい春の陽射しを表現する。
エルダーフラワーはウクライナ産を使用。僕自身できることは小さいけれど、彼らも春の陽を浴びてのんびり日向ぼっこできる日々が早く訪れますようにと祈りを込めて。
※influenced by move Movie : A Place in the Sun
(映画の結末は別として…)
Mocktails : 若葉のころ – 春風と青緑の香り
焦点 : 河川敷
まだ風は少し冷たいけれど、陽を遮る雲は一つもなく、地面が少しづつ熱を蓄え、虫たちが動きだし、新芽が芽生え、温められた雪解け水が穏やかに川を流れカモの群れが日向ぼっこをしている。
釣りが趣味な僕は川の流れる音を聞くのが好きだけど、この時期の水辺が一番好き。何か漠然と、新しい事が始まる気配が気持ちを高揚させていく。
春風と青緑の香り
新学期の通学路。進級を祝うように小さな虫たちが合唱し始め、後ろからちょっかいを出すように少し強めな風が背中を押してくる。芽生えはじめた木々草花のまだ青くさい緑の香りが風と共に抜け、見守るようなあたたかい陽射しが辺りを包む。
この虫の声は無駄にテンションの高いアイツらみたいだな。
この草花は子供でも大人でもない絶妙な青さの自分達みたいだな。
穏やかな日差しはいつも優しく見守ってくれる両親みたい。照れくさくて直接は言えないけれど。
そして、隣には一番好きな香り。
香水とは違う。ハキハキとした語り口や澱みなく真っ直ぐにむけてくる瞳が表すような彼女自身から発する柑橘のような爽やかな香り。
そんな様々な香りに包まれるこの河川敷がずっと続いたらいいな。なんてやはり青くさいことを考えてしまう僕は、まだまだ大人になれそうにないな。
若葉のころ
- Home distilled Non_Alcoholic GIN – Flavor_Spring Riverbed with you 30ml・・・※
- 山崎の水 – 発泡 Fill up
- スティックアイス
- ローズマリー
※Home distilled Non_Alcoholic GIN – Flavor_Spring Riverbed with you
- ジュニパーベリー 5g / エルダーフラワー 1tsp / コリアンダーシード 1tsp / カルダモン 3ケ
- オレンジピール 1/2個分 / 文旦ピール(Dry) 1個分 / レモンピール 1個分 / ライムピール 1個分
- バイマックル 2枚 / ローズマリー 1本 / タイム 1g / フレンチタラゴン 1.5g
- レモングラス(Dry) 0.5g / きゅうりの皮 1 本分 / 水 700ml 減圧低温蒸留
( 真空度40hPa / 回転数200rpm / Hot bath 35℃ / Condenser -10℃ )
スティックアイスの角をナイフでカットし6ozタンブラーに丁度収まるサイズにしておく
氷を入れたグラスに材料を注ぎ軽くステア
ローズマリーを飾る
ハーブで新緑の香り。きゅうりの青い香り。文旦をメインに柑橘の爽やかな香り。これらをジュニパーをベースに蒸留したノンアルコールのGINで、想いを寄せる子と河川敷を歩く高2の春をイメージ
※influenced by music : First of may / Bee Gees
Mocktails : 日の丸 – 主食
焦点:Japan
手作り米麹を使った発酵ライスミルクに梅シロップとごましおのスノースタイルで日の丸弁当の日の丸部分を表現。
詳細は前回の記事を参照。
Mocktails : 家元ニュータイプ – Brand new OMACCHA
焦点 : 革新
新しい抹茶の愉しみ方を提案する架空の家元をイメージ。ココナッツウォーターにクルミやレーズン、カモミールを溶かし込んだ抹茶ラテ
詳細は前回の記事を参照。
あとがき
前回、1-2月の妄想恋愛ラノベが思いがけず大作になってしまい、コース変更の際はドリンク開発よりもコッチの記事のプレッシャーの方が大きかったかもしれません(笑
3-4月はやはり卒業・入学・就職・上京といった人生のひとつの節目の季節なので、思いつくものが青春ものばかりになりました。
コース変更後、最初のゲストが高校卒業のお祝いで利用された母娘さんで、まさに卒業をイメージした1杯目の「サヨナラの曲がり角」にはさらに思い入れが強くなりました。
今回は短編集的に各ドリンク毎に別の話としての解釈も出来ますが、僕個人的には登場人物は固定されていて、1杯目のお別れから2・3杯目は思い出の回想シーンに移るイメージです。
「サヨナラの曲がり角」はまだ蕾の状態の桜の木の下で卒業を脇に抱え、夢を掴むため上京する女の子と、それを見送る後輩の男の子が最後の言葉を交わしています。大人になれば年齢の一つ違いなんて大した違いになりませんが、この状況の二人には抗えない大きな違いです。
もし1年遅く生まれていれば、ずっと一緒にいられたのだろうか。もし1年早く生まれていれば、先がどうなっているかわからないこの曲がり角を手を繋いで歩む事ができたのに。というやるせない感情をいちごとレモンの甘酸っぱさで表現しています。
「陽の当たる場所」は柔らかく暖かい朗らかな彼女の笑顔をイメージしています。つらいことも忘れずっとそこに居たいと思わせる居心地のいい場所。穏やかな陽を浴びて心のモヤを晴らしてくる。そんな存在を優しいみかんの味わいとエルダーの黄色い香りで表現しています。彼が花粉症でなければいいのですが(笑
あとはやはりウクライナの方々への想いです。ウクライナ産のものを使う事くらいしか出来ませんが、こんなにも気持ちのいい春の陽を、何の不安もなく穏やかに浴びられる日が彼らに戻ることを切に願います。
「若葉のころ」はまさに青春の1ページを切り取ったドリンクです。ある程度自分のことは自分で出来るけどまだ大人ともいえない、17歳という絶妙に微妙な年齢。来年には進学や就職という大きな決断が迫り、隣には1年先にその決断で心が揺れている大好きな人。ある種の逃避のように、この時間がずっと続けばいいのにと思いながら幸福に包まれ歩く通学路の河川敷。そんな想いを炭酸の気泡がひとつづつ弾けていく。
文旦をメインに置いた爽やかな香りで彼女の存在をイメージしましたが、たぶんこれは香水ではない、制汗剤とかシャンプーとかのシトラスフレーバーだと思うんです。このあたりが高校生っぽくて微笑ましい。
なんなんですかね。歳を重ねるごとに青春のキュンキュンした感じを欲してしまうのは。もぉ一生味わうことのできない甘酸っぱさがあるからでしょうか。なにかヒントになればと読み始めた青春ラブコメにどハマりし、あまりの尊さとじれったさに深夜に一人悶えるアラフォーの春を迎えています。
最後に、これから一人暮らしを始める青年諸君に一言。
引越し先のお隣が超絶美少女とか絶対ナイから!作りすぎた肉じゃがお裾分けイベントとか発生しないから!発生させてたまるか!若いんだから死ぬ気で働けコンチクショウ!←なんの怒りよ
元音響エンジニアのバーマン。
外食はコンサートと同じ。料理やドリンク、空間やサービスで楽しいショーを体験する時間。ステージを彩るドリンクで、ショーの一翼を担う。