- 書名:コーヒー おいしさの方程式
- 著者:田口護+旦部幸博
- 発行所:NHK出版
- 発行年:2014年
ここのところ日本全国の焙煎所からシングル・オリジンの豆を取り寄せて試飲していたのだが、最近、『カルディ』というチェーンのコーヒー豆屋さん(現在は世界の食品を売ってる店、というイメージ)で初めて最安値の定番のブレンド豆を購入してみた。専門家(バリスタ)の評価は悪くない(低価格にしてはクオリティが良い、という意味だが)。このコーヒー豆をおいしく淹れるために、バリスタの動画番組をいくつかチェックし、その詳細なレシピで抽出の実践を試みた。
結果、バリスタの世界大会で優勝した日本人のバリスタの抽出方法に倣って淹れてみたところ、最初に自分が試した一般的な抽出方法ではバラバラな味であったものが、見事にバランス良く、酸味も最後に感じる甘味(実際、コーヒーには甘味がないというが)もちょうど良くまとまった。
驚いたのはその10分程度の動画の最後でそのバリスタ氏は、「実はこの豆の抽出補法を確定させるために10時間以上もかかってしまった」と告げたことだ。彼は豆の粒度、お湯の温度、注ぐお湯の量と時間と回数など事細かに変化させながら、最大限に豆の特徴を引き出し、その成功例を見せてくれたのだ。
そう、コーヒーの香味には、グラム単位、分単位、1度単位の要素変化と組み合わせで、まったく違うものが現れる。コーヒーは化学なのだ。彼は闇雲に実験を続けたのではない。理論をもとに調整を試み、適正の数値を見つけたのだ。その基本の理論と方程式が本書にある。
著者、田口護氏は1968年開店、南千住の名店『カフェ・バッハ』の創業者だ。自分も何度も訪れている。1972年には美味しいコーヒーをもとめて自家焙煎を始める。自家焙煎、スペシャリティコーヒーの先駆者。参考になるものが日本にほとんどなかった時代、自ら現地に行き生豆を求め、実践をもとにした膨大なデータから、おいしいコーヒーとは何かを導き出した。
カフェ・バッハは国内ばかりでなく、海外からもコーヒー関係者が訪れる。ジェームス・フリーマン氏も閉店した大坊珈琲も含め日本のコーヒー店のトップとして数度訪れ、コーヒーショップのあるべき姿勢として『ブルー・ボトルコーヒー』の米国での創業の原点にした。
一方、もう一人の著者、旦部幸博氏は京大大学院で薬学研究、博士課程在学中に滋賀医科大の研究室の”お茶汲み係”を買って出たところからコーヒーの研究に取り憑かれ、独自の理論を確立するまでに至った。その内容はコーヒー関係者やマニアが注目する、自身が主宰する公開ウェッブサイト「百珈苑」で知ることができる。
この30歳ほど歳の違う二人はコーヒーに魅入られ、片や実践から、片や世界中の化学・生物・医学の文献から、別々にコーヒーを極た。この二人は20世紀が終わろうとする時に出会うこととなり、お互いの研究の確証を得る。
日本スペシャリティコーヒー協会会長でもある田口氏の著作に『スペシャリティコーヒー大全』と焙煎に特化した『珈琲大全』があり、これらは専門家必読の本とされているが読破するにはなかなか手強い。しかし、本書は自家焙煎の第一人者と、科学者がタッグを組んだ最強のコーヒー理論&実践書であり、誰もが読め、実践したくなる「方程式」がここにはある。
このタッグは「コーヒーの香味を自由にコントロールしたい」という自家焙煎家のための本という位置付けでまとめられているが、コーヒーを知って自分で淹れようと思うなら、この本を一度は読むことを薦める。
様々な書籍や多々ある動画サイトも役に立つが、今ひとつ説得力に欠ける。しかし、本書を読んでおけば納得しやすくなり大いに役立つ。例えば近年ドリッパーなどの器具やペーパーフィルターも様々な進化をしている(世界中の専門家が使うペーパーの7割以上は三洋産業というメーカーのものかそこのOEMだ)。コーヒー豆のゲノム解析も進む現在、その進化が必要だったわけも、本書を知っていれば合点がいくだろう。
つまり、この本を読まずして、おいしいコーヒーへありつく道はない!(と思うのだ)。理論なしで行き当たりばったりで練習する野球のバッターはこの時代、いない。
コーヒー豆は流通過程で値上がりを続ける。そしてコーヒー園労働者の待遇が改善されつつあるがまだまだだ。せめて丁寧に淹れておいしく飲んであげなければ末端の生産者にも申し訳ない、と思うのだ。
出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。