
- 書名:「ヴィーガン探訪」肉も魚も食べない生き方
- 著者:森 映子
- 発行所:角川新書
- 発行年:2023年
日本のヴィーガン人口は200万人を超えた。これを”すでに”とするか”まだ”とするか。世界のヴィーガン(完全菜食主義者)人口は、全人口の約1〜1.1%、人数にして約7,900万〜8,800万人と推定されている。
カレーチェーンの『CoCo壱』に、ポークカレーとビーフカレー以外に、新たなカレーソースとして「ベジタリアンカレー(ココイチベジカレー)」が加わったのは平成だった。2016年、動物性の原材料は使用せず、たまねぎ・スパイスの量や調味料を工夫することでうまみとコクをだしたものだった。「ベジタリアン・ヴィーガンでも外食で食べられるものがあるのか知りたい」と検索したインバウンド観光客がたどり着く場所となった。
2021年、ラーメンチェーン『一風堂』は、動物肉・魚介類・卵・乳製品・蜂蜜を一切使用していない植物性由来の「プラントベース赤丸」というメニューを全国45店舗で限定発売した。これは「海外からの観光客や、健康・宗教上の理由で豚骨スープを食べられないお客様の声に対応するため(公式サイトより)」に不二製油の新技術・MIRACORE(ミラコア)を使って共同開発したものだ。
これらの巨大チェーン店がヴィーガンに着手する前の2012年に、とんこつラーメンの人気店『九州じゃんがら』がプラントベースへの取り組みを期間限定で開始。現在は『九州じゃんがら』とは別に、ヴィーガン専門店『ヴィーガンビストロじゃんがら』も展開している。
また、2020年、『モスバーガー』は主要原材料に動物性食材を使わない「グリーンバーガー」などを販売。
同じく2020年、『ドトールコーヒーショップ』大豆ミートを使った全粒粉サンドなどのプラントベースメニューを展開したが「当該メニューは植物性食材を使用しているがが、ドトール側としては完全なヴィーガン専用として認証・訴求しているわけではない」とし、その後の大豆ミート関連のサンドは販売終了や仕様変更(卵・乳の使用など)も行われた。
さらに『Soup Stock Toky』は野菜ベースや動物性原料不使用のスープを限定的に展開している。
海外からの旅行者がこれほどまでに増えれば当然こういうことになるのは当たり前かもしれない。企業の状況によってはヴィーガンメニュー導入の苦心も見えてくる。ただ、日本のカレーやラーメンを食べたいと言ってもグループの一人がヴィーガンだとして、対応したメニューが用意されていなければ、そのグループがその店に入ることはなくなるのだから、飲食業としては放っておくわけにはいかない。
では、われわれはベジタリアンやヴィーガンについて、どこまで理解しているのだろうか?また、飲食に関わるものとして「これとこれは食べられないんだよね」という程度で良いのだろうか?そもそもなぜベジタリアンやヴィーガンになったのか、それぞれ一つに括ってとらえていいのだろうか?
本書はそれを考えるための最良の書だと思う。著者・森映子は非ヴィーガンだがヴィーガンを否定する立ち位置にもいない。元時事通信社記者であり、実験動物や畜産問題を追って来た著者が、多くの当事者や企業そして研究者に取材して、肉・魚・卵や蜂蜜まで、動物性食品食べない人々「ヴィーガン」の生き方を探っているからだ。
本書、「ヴィーガン探訪〜肉も魚も食べない生き方』の紹介する前に、「動物肉を食べる」ということについて考えておきたい。
「ヒト」はいつ肉を食べるようになったのか?
『ヒト』は野菜や穀物を食べる植物食性の草食動物でもあり,肉を食べる動物食性の肉食動物でもある。
しかしもともとヒトの祖先は,樹の上で生活をおくる植物(果実)食性の動物だったという。それが肉を食べるようになったきっかけは250万年前の気候変動にある。地球全体の気候が寒冷化して、水の蒸発量が減少し乾燥化した。そして乾燥化に耐えようと硬い植物が増え、草原が増え、草食動物が増えた。
初期ホモ属の祖先種「アウストラロピテクス・ガルヒ」は、その草食動物の捕食者の食べ残しの肉や石器で骨から切り剥がして食べたり,骨髄を食べたりするようになったといわれている。
これがヒトが肉食になった始まりだ。
肉食になったアウストラロピテクスの後に繁栄した「ホモ・ハビリス」の脳の容積は30%も増加したといわれる。脳のエネルギー消費を効率的に補填する肉食により脳は大きくなっていったらしい。肉食が不可欠になったのだ。
肉を食べる「ヒト」は野菜も食べなければならなかった
しかし、肉から得られるビタミンCはわずかである。ビタミンCの欠乏は壊血病などを引き起こし命を落としかねない。そしてヒトは、残念なことに多くの動物とは違って<体内でのビタミンCの合成に必要な遺伝子>を失っている。チンパンジーやニホンザルとも枝分かれしていなかった時代の突然変異によるものだ。
それでもヒトは草食によりビタミンCを得ることができ、進化の過程で排除されずにこれた。ヒトはビタミンCを多く含む植物性食品を摂る<必要>があるのだ。
また、植物性食品ばかり食べていると動物性食品に含まれるビタミンB12が不足することになる。胃に存在する細菌がつくるビタミンB12を草食動物は利用できるが、ヒトはこの細菌をもっていない。
伝統的なイヌイットの食生活では、寒冷地のため野菜をほとんど食べないが、アザラシやセイウチ、クジラ、トナカイなどの生肉や肝臓、内臓を生で食べることで、ビタミンやミネラルを補給している。
つまり、ヒトはどんなことをしてもバランスをとって肉も野菜も食べる必要があり、草食動物でもあり肉食動物でもあるという形になった。(参考:浜島書店 生物図表オンライン)
ヴィーガンは進化に逆行するのか?
ヒトはなぜ肉を食べるようになったのか、おさらいしてみた訳だが、読者としても著者のようにニュートラルな立場で著者の横に立っているつもりで読み進めるのをお勧めする。前述したように著者は、「非ヴィーガン」という立ち位置をはっきりさせて取材・執筆をしている。そのことでヴィーガンという存在や、当事者の考え方を、一歩ひいた冷静さを持って掘り進んでいく。
本書では、取材対象者とのやり取りの多くが一問一答形式だ。そしてそのまま載せている。ヴィーガン当事者に「培養肉が商品化されたら食べるか」「肉食や乳製品を食べたくなることはあるか」「ほぼ野菜だけでおなかは空かないか」という内容の質問を、素朴かつ鋭い疑問をストレートにぶつけている。
切り抜いて書くとまるで執拗に追求しているように見えるかもしれないが、これは冷静かつ忖度なし、率直に尋ねているだけなのだ。たしかに聞いてみたい、みたかったことが満載だ。
では、本書ではどんなジャンルで、その取材が行われたのか。
【ヴィーガンの当事者たち】
運動家動物保護運動家・料理発信者。北穂さゆり氏など、動物保護の観点からヴィーガンを実践し、動物由来の成分(魚介だしやハチミツなど)を一切使わずに「うま味」を出す料理の工夫や生活の知恵を伝えている人物たちである。
ヴィーガンレストランの経営者。日本国内でヴィーガン向けの料理を提供する飲食店のオーナー。当事者としてのこだわりや、多様な食文化(家族やパートナーが非ヴィーガンであるケースなど)との付き合い方を語っている。
【フードテック分野のスタートアップ】
研究者代替肉(植物肉)のスタートアップ企業。大豆ミートなどの開発を手がけ、アメリカ市場への上場や世界展開を狙う企業(「ネクストミーツ」など)の経営者や開発者。
培養肉の研究グループ。東京大学など、動物を殺さずに本物の肉を作る「培養ステーキ」の開発にチャレンジしている最先端の科学者。培養肉が「動物の苦しみを減らす選択肢」になり得るかといった倫理面も含めて切り込んでいる。
【栄養学・健康の専門家】
医療従事者や栄養学の博士。「植物性の食品だけで本当に人間の健康が維持できるのか」「栄養バランスに問題はないのか」という疑問に対し、医学・栄養学的なエビデンスに基づいて客観的な見解を述べる専門家。
【畜産・動物福祉の現場】
畜産業に関わる人々。日常的な肉の消費を支えるサプライチェーンの現場や、アニマルウェルフェア(動物福祉)の観点から動物たちの置かれている現状を証言する人々。
これらのジャンルで行われて来た質疑に対する答えを確認する作業がこの本の醍醐味だと思う。そして、自然の中で必要に迫られ進化して来たヒトの食習性を、ヴィーガンという意識や思想、新たな健康に対する考え方などが、さらなる進化なのか、進化に逆行しているものなのか、答えがあるのか。厳格さが大事なのか、ゆるいのはダメなのか、どこに落ち着けば良いのかを考えなければならない時に生きていることを認識させてくれる本でもある。
出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。