2024.03.26

石川・富山 ふるさと食紀行
【私の食のオススメ本】

  • 書名:愛蔵版 石川・富山 ふるさと食紀行
       北國新聞創刊120周年記念
       富山新聞創刊90周年記念
  • 発行所:北國新聞社/富山新聞
  • 発行年:2013

2024年の3月、金沢の郷土料理『治部煮』について、起源と思われるレシピを紐解き、再現し、現在、そして未来の『治部煮』はどう変わっていくのかというトークショーと実食を合わせた会が金沢食藝研究所によって開催されることになり、展示パネルの構成を依頼された。

事前にトークショーのもとになる「まとめ」的なものを戴けるいうことで悠長に構えていたらA4に2ページというものだったので流石に慌て、その「まとめ」的なものをもとに、記載された歴史、人物、言葉をまずはネットで確認し始めた。なぜなら自分には歴史的時系列や登場人物の背景などの知識があまりにも薄く、トークショーの進行をする国学者・三石晃生氏の「まとめ」を瞬時に理解することができなかったのである。

そのネットで見つけた一つの情報の出典元が本書で、中古本を探して取り寄せてみたら新聞の創刊120年を記念して発刊された厚さ4センチもある豪華峰なのであった。(広告も入っているのに本体定価2万円もする!買わされたところも多かろうに金沢でも初めて見た。だれか教えてくれてもいいはずなのに!)

本書には、北國新聞社が松竹と共同で製作し2013年冬に公開され、主演の上戸彩氏が日本アカデミー賞主演女優賞を獲った映画『武士の献立』も加賀藩のおもてなし料理の歴史とあわせて特集されている。

この舟木伝内と、映画ではポンコツだったが、後に藩の御料理頭となった安信によってまとめられた料理書に『ちから草』があり、今回の治部煮を紐解くには重要な内容となっている。

この映画は「優れた味覚と料理の腕をもつが、気が強いために1年で離縁されてしまった春は、加賀藩の料理方である舟木伝内に才能を見込まれ、舟木家の跡取り息子・安信と再婚する。安信は料理が大の苦手で、春は姑の満の助けも借りながら、夫の料理指南を始める〜」という内容(出典:映画.com)。

映画の料理監修は金沢の料亭『大友楼』が藩政時代に御料理人の間で書き継がれた秘伝書「料理方記録」を元に行った。饗応料理の本膳料理の一例が載っていて、その三の膳には『鴨のいりどり』があり、『治部煮』のもとになる『じぶ』の前身かと思われる。

さらに本書には「船木家の料理にある『じぶ』は、下味をつけたカモ肉をわずかな汁で焼くように煮て、ワサビを添えるだけ。小麦粉をまぶして調理する現代の治部煮は船木家の料理では「麦鳥」の部に野菜と付け合わせた料理として記されている」という記載がある。

『じぶ』の再現は料理チームが当たったのだが、醤油が一般的になる間だったため、調味料として味噌を水に溶かしたものから作った「生垂れ」「煮抜き」というものを使用したが、これは2020年にRIFFで紹介した日本最古の料理本『料理物語』ですでに取り上げていた。よって、今回は手元にその本があり、原文はなかったが現代語訳を確認できて随分と助かった。

本書では金沢はもとより石川、富山に関わる各界の著名人による<料理の思い出>が綴られているが、2023年に亡くなったNHK大河ドラマ「利家とまつ」の脚本家、竹山 洋も治部煮について言及している。

治部煮がじぶじぶと音を立てて煮ることから来ているという説を否定して、鴨肉に小麦粉をつけて煮る、というところが西洋料理に似ているので、キリシタン大名、高山右近が伝えたという説を推している。脚本家としてのロマンも少しは含まれるかも知れないが。

そして文末にわざわざ()付きで「利家は鶴の肉のアレルギーだったな」と添えている。これが問題だ。

先のまとめ文では「〜『利家公御代之覚書』の「鶴の覚書」には若き日の前田利家が鶴の汁を食べすぎた所為で鶴の汁が嫌いになったという話がある。それが真実だとすると、この折の「集汁」に用いた肉は鴨肉である公算が大きい」とあり、嫌いになったのかアレルギーだったのか、という点を深掘りしたくなるのだ。

かように情報が集まると仕事は増えるわけだ。そして資料調べの沼にハマるのだ。

しかし、本書は意外に面白い。大友楼による料理の分析と再現も、塗りの器を含めてリアリティがある。漁港や特産品などの取材も丁寧だ。なによりも石川、富山ゆかりの著名人や地元の文化人の取り上げた題材と短い文章も知識欲を満足させウイットに富んでいる。

唯川恵氏の「かぶらずし」、辰巳芳子氏の「雑煮」、山出保氏の「およばれで総合的な教育」、池波志乃氏の「甘エビ(ホッコクアカエビ)」、杵屋喜澄氏の「初夏をつげる赤ずいきとカタウリ」、岡能久氏の「ドジョウの蒲焼」、嵐山光三郎氏の「海鼠」、永井豪氏の「ズワイガニ」、中尾彬氏の「能登・柚餅子」、桂文珍氏の「能登の海藻」、道場六三郎氏の「ぶり大根」、織作峰子氏の「松露茸」、佐々木忠平氏の「小松うどん」、西村雅彦氏の「昆布」などの他、地元の博物館、記念館などの館長・・・128の人物が登場。

現代の鴨の治部煮のマストアイテムの一つがセリである
金沢の食が昔から豊かだったのには能登という背景がある

石川、富山、そして金沢に住んでいるなら、今のうちに入手して時々眺めることを勧めたい。料理人ならば特にだ。

WRITER Joji Itaya

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。