2019.02.27

<しそジェノベーゼ>はジェノベーゼにあらず⁉︎

しそジェノベーゼパスタソース

2019年10月開業予定 レストランスタッフ大募集!

「食」して文化は追いつくか?さらば「農」から始めよ、は無理だよね。

食えばわかる、と言ったのは椎名誠だけれど、食っても食っても「食」の生まれた背景に拘らなければ気づかない間違いもあって、そのまま日本という島国のなかで正解と化すことが多い。それは外国からこっそりやって来て、いつの間にか国民の食べ物のようになってしまっている「食」が文化をともなってやって来なかったからだ。

1964年初めてテレビに登場したカレーのCMに「インド人もビックリ!」というのがあったけれど、あの頃日本人は”インド人はみんなターバンを巻いている”と思っていたはずだ。しかし、ターバンを巻いているインド人は16世紀から始まったシク教の人たちで、現在でもインド全宗教人口の1.9%でしかない。

ではなぜ、インド人=ターバンだったのだろうか。まずは「世界中でターバンを巻いたインド人が活躍していたからあー」とチコちゃん的な答えが一つ。ちょっと後ならタイガー・ジェット・シンもいたし、そういえば今でもIT企業のトップにはたくさんいるなあ。どこの空港でもターバンに高級スーツのビジネスマンをよく見かける。

もう一つ推測するに、シク派の宗教的に『肉食OK、牛だってね』というところにあるのではないかと思うのだ。なぜなら、お肉も野菜もゴロゴロカレーを一口食べて言うセリフが「インド人もビックリ!」だからヒンズーやイスラムの人じゃまずいよね。当時もこの辺はちゃんと考えていたんじゃないかなあと思う(金沢カレーの老舗『ターバンカレー』なんてドンズバ)。で、そのCMを観て、ますますターバン=インド人が定着していったに違いない。

斯様に外来の「食」というものは後ろに代表的な「欲」がつくように「食べてみたい」が先に走っていくので文化にディレイ(遅延装置)がかかる。かかったまま抜け落ちすることもある。

そこではたと気がついた。金沢は片町の招待制Snack”パンチ”で供されるお通しやつまみには時おり特製の<紫蘇(シソ)のジェノベーゼ>なるソースが添えられる。このネーミングはちょっとした(いや、大きな?)間違いなのだ。

だって近頃は食品売場でも<しそジェノベーゼ>って瓶詰め売ってるじゃない、と思われるでしょう。さらにググってみるとわかるのだけれど、最初のページには『イタリア料理のジェノベーゼとは、リグリア州のジェノバ(Genova)県が発祥のソース。 バジルペースト、オリーブオイル、松の実、チーズなどを加えたもの』的な文章が並ぶ。でもこれこそが間違いの固定化、抜け落ち組。

結論から言えば本来のジェノベーゼソースは『イタリアはカンパリア地方に生まれた、バジルは使わず甘い玉ねぎをたっぷり使ったパスタソース』であって基本はえっと思うかもしれないけれど<茶色>。ジェノバからナポリに行って定着したらしい。

で、あのバジルの緑色のソースは正しくは『ペスト=pesto』であってリグリア地方で生まれた調味料そのものを指し、ペスト・ジェノベーゼはワインのAOC同様、ジェノバ産のバジルを使用したDOP(イタリアの原産地名称保護制度)にのっとった名称だ。

つまり、茶色いソースのパスタはPasta alla genovese

緑のソースはジェノベーゼではなくPasta al pesto genoveseとなるわけだ。イタリアで緑色のバジルソースのパスタが食べたければペストまたはペスト・ジェノベーゼと伝えた方がいいことになる。

しそジェノベーゼパスタソース調理中

取り急ぎ、金沢片町snackパンチの「鶏ハム+しそジェノベーゼ」という、バジルもジェノバもない全くアウトなメニューについては、食と文化を考える者として他に先駆けて書き換えよう。というか製作者責任か。しかし、こう「ジェノベーゼ」なるものがバジルで定着していては説明がむずかしい。スナックでのうんちくは嫌われそうだし、悩みどころだ。「しそジェノベーゼ」だってかなりの市民権を獲得しているし。

ただ、このことだけではなく、レストランでメニューを見て知ったかぶりで間違いをあげつらうことなく、正確にした方がいいものは徐々に正確にしていく、って感じが良いのかと思う。レストランとかコンビニとか身近なところが自主的になんとなく直していってほしい。まさか外国の土地に根ざした「農」からやり直したり取り入れたりはできないしね。

そして想像と代用の産物的スパゲッティー・ナポリタン、ラーメン、そしてカレーライス、こんな日本文化も昨今、世界で認められてきた。食の文化の、歴史と場所を超えたいまこそ「食農」や「食農教育」とともに、ちゃんと変遷の足跡がたどれる未来に残す新しいレシピ・サイトが重要になることは間違いない。

WRITER Joji Itaya

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。