
- 書名:「ランチのアッコちゃん」
- 著者:柚木麻子
- 発行所:双葉社
- 発行年:2013年
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本書の帯には作家・朝井リョウ氏が<柚木麻子の作品は気持ちがいい。いま柚木作品を読んでおくと、近い将来、ドヤ顔ができます。あのドラマ化も映画化もよかったけど、やっぱ原作が最高だよって>と書いている。
その通りになった。この帯が書かれたあと、2015年に本書『ランチのアッコちゃん』がNHKでドラマ化され、その後『伊藤くん A to E』や『私にふさわしいホテル』などが続々とドラマ化・映画化され、朝井氏の予言通りの状況になった。
( 原作本を知らずにドラマや映画から入ると、意外と作者を知らずにいることが多い。タイトルに作家名をつけてドラマ化され有名なのは横溝正史、松本清張、西村京太郎、東野圭吾とかか。みんなミステリーだ。 )
以前このRIFFでも書いたが、2017年に出版された、首都圏の連続不審死事件をモチーフにした女性記者と獄中のグルメな殺人犯を描いた『BUTTER』は、2026年8月現在、世界累計発行部数204万部を突破している。内訳は国内累計が77万部、海外累計が127万部。ファンの間では映画化待望論が起こっているようだ。これも読んでおいた方がドヤ顔できるね。
さて、本書は『小説推理』に2011年から2013年にかけて掲載された4編からなる短編集だ。2011年に掲載されたのが『ランチのアッコちゃん』、それに続く『夜食のアッコちゃん』。失恋や仕事で行き詰まった地味な派遣社員が、型破りでエネルギッシュな女性上司アッコちゃんとの「ランチ交換」をきっかけに、食を通じて心身ともに成長していく姿を描いた連作短編だ。
そして他2編『夜の大捜査先生』『ゆとりのビアガーデン』はそれぞれ主人公と背景が異なる作品なのだが、”アッコちゃん”シリーズのメインキャストである派遣社員と女性上司アッコ女史がカメオ出演している。
4つの全編を読んで、「食べることは、ただおなかを満たすだけではないのだ、と感じた」とか、当たり前でつまらない感想文を書くのはAIくらいだろうが、その当たり前のことを読者に再認識させるのが本書なのかもしれない。そして元気づける。とくに女性を、だと思うが。
本のキャッチコピーには“挫折を知る女子、負け組女子大歓迎”とある。ちなみに<負け組>は2006年の流行語大賞にノミネートされている。20年経った現在では死語というより、これを使ったら炎上するかもしれない。
ここでは、『ランチのアッコちゃん』のことを少し取り上げておこうと思う。この作品は、おいしい料理がたくさん登場するだけの「食べ物の小説」ではない。
『ランチのアッコちゃん』では、失恋して食欲までなくしていた派遣社員・澤田三智子が、派遣先の女性上司であるアッコ女史(身長173cm、独身45歳、黒いおかっぱ頭、「しごでき」エグゼクティブ・オーラあり)と一週間だけ、自分の手作り弁当をアッコ女史のルーティンにしている店でのランチを交換することになる。(美智子はこのことにアッコ女史の思惑があることにまだ気づいていない)
三智子は女性上司アッコさんの指示(と言うよりは業務命令的な威圧)で、月曜はデザイナーが趣味でやっているカレー専門店、火曜日はジョギングで行かされるキッチンカーのラップサンド、水曜日は神田の書店で本の受け取りをかねて『いもや(実存店)』で天丼。そして木曜日は会社屋上に出前の鮨が届き、そこにいたのは・・・・。さらに金曜日は店の手伝いをしながらオリジナルを作って出すことに。
小学生用の教材を専門とする小さな出版社の派遣の営業補佐である美智子はそれまで自分では選ばなかった(派遣の給料では外食の店は圏外でもある)ようなさまざまな昼食に行きながら、いろいろと気づき、新しい出会いで世界が広がり始める。
食べるものが変わるだけでなく、食べる場所や一緒にいる人も変わっていくことで、三智子の世界が少しずつ広がっていくところが読みどころだ。食事をするために外へ出ることが、閉じこもっていた三智子の心を外の世界へ向けるきっかけになっているのだ。
さらに、この作品では食べることと働くことも深く結びついている。連作の『夜食のアッコちゃん』に入ると、三智子の派遣先もかわっていて、以前の小さな出版社を懐かしんだりしている。そこに独立起業したアッコ女史が、ポトフを出すキッチンカーのオーナーとして登場するのだが、そこでまた月曜から金曜までの三智子の実践テストのようなものが始まる。
月曜日が日が変わって火曜の深夜。新宿歌舞伎町ではテキーラ一気後の胃がキリキリするホスト。肉抜きのポトフには大根おろしがたっぷり添えられる。アゲ嬢には同じく肉抜きに大根おろしに温め直し用ブーケガルニをつけてテイクアウト。
火曜。大手新聞社のオフィスビル前広場。深夜1時過ぎ、新聞の降版前のゲラチェックが終了した整理記者たちを待ち受ける。ビールにポトフを提供しながら記者たちの話を聞く。
木曜日。病院の敷地。ポトフとおにぎりを24時間フルの稼働ICU勤務のナースに届ける。
ナースは語りかける。「(誰かと一緒に食べた方が長生きするというのは)一緒に食事をする時って、品数が増えることが多いし、温かい汁物も一緒に摂るようになるじゃない。だから、消化がよくなるの・・」「(ナースの仕事をしていると)深夜に一人で食事することも少なくないんだけど、最近ではできるだけ温かいものを一緒にとって、よく噛んでたべるようにしているの。こんなポトフはぴったりね。食べることは生きることだもの」
三智子はそこで深夜から明け方のキッチンカーに集まる様々な人々がどのように生きているか、食事の何を喜んでくれるのかを知ることになる。
「食べることは生きること・・・。一杯の温かい飲み物が人と人との心を繋ぐんですね」と三智子。
食事によって元気を取り戻した登場人物たちも、仕事や人間関係にも前向きに向き合えるようになっていく。つまり「食べること」は、人生を立て直すための小さなスタートになるのだと思う。
そう、思いたい。
いや、執筆から十数年、もしかしてこんな話はファンタジーになっているのか?
いやいや、そうであってはいけない。
そうか、これは作者・柚木麻子の「食」というものに対する願望かもしれない。というよりも食に関わる者への「料理を提供する意味を忘れるな」という警鐘として捉えるべきかもしれない。
出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。