2026.03.31

松重 豊「たべるノヲト」【私の食のオススメ本】

  • 書名:「たべるノヲト」
  • 著者:松重 豊
  • 発行所:マガジンハウス
  • 発行年:2024年第1刷 2025年第3刷

松重豊が俳優であることを知らない人もいるらしい。人気のテレビ番組「孤独のグルメ」はどうやってもドキュメンタリーには見えないはずだが、役者が食べているとは思わないのだろうか。3年前の大河ドラマの「どうする家康」にも家康が最も信頼する古参として出ていたし。映画「アウトレイジ」のシリーズにも強面な役で出ているはずだが、観ないひとは観ないもんな。

初めて松重豊を観たのは、北野武初監督作品「その男、凶暴につき」だった。蜷川スタジオ出身の松重豊にとって役者キャリアのスタートだったらしい。向こうも初めてだったのだ。ほぼセリフはない殺し屋仲間の一人で、長髪を後ろで縛っていた。それがいつのまにか下戸の大食いおじさんとして15年近くテレビの中に居続け、2025年には映画として同作の脚本・監督までやっている。

最近ではおばさんスタイルの星野源とともに好きな音楽をかけ合うという番組に、同じくおばさん友達として出演していた。ここでの松重の選曲は幅広く、音楽への造詣の深さを見せていた。最終編として二人が旅先で音楽をかけ合うという番組が制作されたが、沖縄についで最後は石川の能登であった。松重は星野源をともない、穴水の「ちゃんこ 力」を震災のあとに「孤独のグルメ」ロケをして以来の再訪を果たしている。そこで女将の永尾光子さんと再会のハグをし、ご主人とは握手を交わした。

ちゃんこを待つ間、松重豊は、那須の廃屋で音楽制作をしている野口文氏(まだ大学生らしい)の曲をかけていた。ここで聴かなければ、この鬼才に出会うことはなかった。

「孤独のグルメ」には、松重が自分で聴いてきた音楽を選ぶのとは違い、番組ディレクターが自らの足で探し出した、東京の変わり種人気店から郊外の知る人ぞ知る店、地方の店、韓国の店が紹介されていたが、この番組を観ていなければ知ることがなかった店が多い。そういう意味では松重豊という人は常に感謝の対象となっている。

そんな松重豊の『たべるノヲト』には、松重の記憶に残る料理や食べ物の話が出てくる。

これはクロワッサンという女性向け雑誌に連載されてきたエッセイなのだが、松重はその執筆継続の打ち合わせで訪れた女性客だらけの韓国料理店で、女性店主の作る優しい韓国スープを啜りながら「多様性の時代とはいえ特段そんな教育を受けていない昭和のジジイに、このさき女性に向けて何が書けるというのだろう」と書いている。

鴨せいろ 天ざる ちゃんぽん 生姜ラーメン タンメン うまにそば ナポリタン 土鍋ごはん インドカレー タイカレー 香港粥 天津飯 五目釜飯 油揚げの味噌汁 オニオングラタンスープ 羊羹 かき氷 ソフトクリーム ドーナツ チーズケーキ マスクメロン 林檎 ニッキのおやつ ミントのおやつ (おまけ)朝食 

松重豊の「食の記憶」には、特別なものはない。誌名から連想ゲームのようにほうれん草に至り、水兵のキャラクターPOPEYEをシュウ酸の摂りすぎではと妄想し(コミックやアニメを)、辛子蓮根の天ぷらに感動する。

東京・下北沢にあったメンマ工場の記憶から<竹>を食べるための工夫に苦心したであろう祖先に想いをはせ、これまた東京発祥の小松菜を番組で収穫しに行った際には、2度の親子役共演をした女優・小松菜奈へ話が飛ぶ。

50代で蕎麦屋デビューしたけれども、蕎麦ではなく板わさにはまり、冷蔵庫に常備するようになった話。

松重の話は、読者を笑わせてやろう、泣かせてやろうといった意図を感じさせない。むしろ、その時の食事のことや料理について、自分でクスッとしたり、不思議がったことをボソボソと独りで思い出しているようにも思える。

そう、「孤独のグルメ」で見せる主人公・井之頭五郎のあの独白のロングバージョンとも言えるかもしれない。

あのボソボソが好きな人は楽しめるはずだ。

そして、そのボソボソっとしたモノローグをエッセイとして完成させているのが、北海道在住のイラストレーターあべみちこ氏の料理の絵だ。この絵はまだAIには描けない。

松重は「孤独のグルメ」の北海道ロケで、お店のコーディネーターとしてあべみちこ氏に会っている。その出会いの話は、巻末の二人の対談を読むとわかる。

WRITER Joji Itaya

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。