2021.02.16

味な旅 舌の旅【私の食のオススメ本】

  • 書名:味な旅 舌の旅
  • 著者:宇能鴻一郎
  • 発行所:中央公論社
  • 発行年:初出1968年 1980年中央文庫

大正生まれの川上宗薫は1960年まで5回芥川賞候補になったが受賞を逸した。著者、10才年下の昭和生まれ、宇能鴻一郎は同人誌の短編デビュー後すぐに「鯨神」で芥川賞を受賞した。川上は1968年に、宇能は1970年三島由紀夫事件を機に、純文学から離れ昭和の同時期、官能小説の二大巨頭となった。

川端康成も愛読した川上は性豪であったが健啖家であるという記述を見たことがない。宇能鴻一郎は私財を投げ打って食を追求した。

夕刊紙を地下鉄のキオスクで買っていたころから、執拗に女性の肉体と生態を観察日記のように書き込んだ川上宗薫より、ひょいとOLになって「課長ってすごいんです」と書いた宇能に惹かれたのはなぜだったのか。

過去にこのエッセイを読んだ時に、理由が食にあったのだとは感じていた。今回、改めて読み直し、それを確信した。

川上は61で亡くなるまで病室で鬼の如く書き続け、宇野は2021年の現在も鎌倉のダンスパーティーを開ける自宅で1食1食に妥協を許さず生きている。(2014年には純文学の世界へも戻り作品を発表している)

このタイトルで宇能鴻一郎なのだから、官能小説かと思うかもしれないが、この本は上質な味覚風土記だ。宇野はこのエッセイで日本列島を縦断。14の地域に出かけその土地へ降り立つところから描き、博覧狂気の性格を生かしさまざまな知識を折り込みながら食に出会う様子を丁寧に綴る。地元の烈女たちと少しだけ危うい会話をするところもあり官能小説家らしさの片鱗も見せる。

ソイを入れた小樽の浜鍋。松島の牡蠣と仙台セリと松島白菜と浦霞。庄内の寒鱈のドウガラ汁、ナマズの照焼き。会津のニシンの山椒づけ。水戸のアンコウ、奥久慈の猪鍋。恵那の山女・鮎といくち(きのこ)と蜂の子。知多沖・流人島アサリとウニ。滋賀の鴨鍋。京料理、澄子(すめ)、麻腐(まふ)、雲片(うんぺん)、笋羹(しゅんかん)、油滋(ゆじ)、素汁(そじゅう)。京都、海老芋と棒鱈を煮込んだ「いもぼう」。鳥取のアゴの卵、大山ソバ。伊予のドンコ、カジカ。大洲のフカ。玄海、タイと鯨の黒皮。薩摩半島・坊津のヅクラ。奄美のトンコツとハブ。

宇能はある場所のことを振り返り「現地で食べるかぎり、どちらかと言えば侘しい現地の食べものも、やはりうまかったのである」と書いている。

これはタイトル通り舌で歩く旅であり、テロワールを探る旅の本である。

WRITER Joji Itaya

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。