金沢の近江町市場では12月に入ると、ブリやズワイガニが所狭しと並びます。それらがまさに最盛期を迎えることで、毎朝仕入れに来る我々料理人にも師走感が徐々に高まって来ます。
個人的には、店頭に棒鱈が並び始めると「ああ、またおせち料理の季節がやって来たな」と思うのです。
棒鱈は江戸時代以前から東北、北海道地方における海産物を使った保存食の代表的なものです。干し上がった棒鱈は北前船を介して関西方面に運ばれ、今日まで正月料理の重要な食材として重宝されています。
特に京都では海老芋と一緒に炊き上げる「芋棒」は伝統的な京料理の一品になるなど、鱈の獲れない地域でも鱈料理を定着させてきたのです。金沢でも棒鱈を炊くことは珍しい話ではありませんが、それはお正月料理だけのために仕込むことが多いようです。
何日も水漬けし、毎日水を交換しながら戻していきます。その後にウロコなどを取って、水と酒でゆっくりと炊き始めるのですが、銭屋では一度火を入れ始めてから炊きあがりまでの三日間は火を止めることはしません。
ゆっくりゆっくりと味を入れながら仕上げていく過程は、シンプルな仕事ではありますがやり直しがきかないとても難しい仕事です。初めて棒鱈を任された時や自分でも納得できる仕上がりになった時の嬉しさは、今でも鮮明に覚えています。
実は日本だけではなくノルウェーなど北欧でも、棒鱈に似たようなものが作られています。日本のものは寒風にさらして干し上げたものですが、欧州では塩漬け鱈を干したものもあります。
そして、それらはスペインやポルトガル、フランスにも輸出されます。さらにスペイン語圏、とくにカトリック文化圏など、その土地の伝統料理の欠かせぬ食材となっています。
干し鱈や棒鱈は保存食品ですから鮮度を気にせずに遠くまで運べます。それらを使って鱈の獲れない地域で鱈料理が伝統食になっていることは日本と同様ですので、食材の伝播が料理技術と地域文化の発展に大きく寄与して来たことに疑う余地はないでしょう。
編集部から:
自然乾燥に数ヶ月を要する棒鱈作りには生産者それぞれの知恵によって品質が保たれています。
北海道・稚内の生産者による棒鱈製造の動画はこちら。
2020年2月のRIFF「旬と和食と日本人」シリーズでは、筆者Shinichiro Takagiによる鱈をめぐる楽しい対談が行われました、こちらもぜひ。
石川県金沢市「日本料理 銭屋」の二代目主人。
株式会社OPENSAUCE取締役