私は、だいたい数日に一食しか食べない。一ヶ月に一食のときもある。宗教上の理由でも、ストイックなポリシーでもなく、ただなんとなく食べたい時に食べるとこのサイクルになってしまう。だから私は食に対して真剣である。久々の一食を「適当」に食べてなるものか。久々の食事が卵かけ御飯だとしよう。先に白身と醤油とを御飯にしっかりまぜて、御飯をふかふかにしてから器によそって、上に黄身を落とす。このときに醤油がちょっと強いかなというぐらいの加減がちょうどいい。醤油の味わい、黄身のコク、御飯の甘さ。複雑にして鮮烈な味わいの粒子群は、腹を空かせた者の頭上に降りそそがれる神からの贈物である。自然と口から出るのは、「ありがたい」の一言。
歴史を研究していてよかったことが幾つかある。その一つが、手紙を堂々と盗み読みできることだ。その人の意外な人となりが、手紙のふと息を抜いた瞬間に漏れでてくる。 これと同じで、文豪の愛した食べ物を係累せし人の随筆や作品などからを寄せ集めてみると、意外な素顔が見えたりするのである。 文豪の食卓 第三回 志……