2026.08.04

TACOSをちょっと考える〜タコス元年から1年で金沢も〜

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「タコス元年」と言われたのは昨年2025年。日本では本格的なメキシコの味を提供する「ガチタコス」の専門店や、自家製トルティーヤを焼く店が急増し、トレンドとして大きな注目を集めた。これは、雑誌『anan』がトレンド大賞2025に選んだことから女性読者層に注目され、他メディアが取り上げたところから一気に拡がったところによるらしい。

らしい、というのは記事を読んでいなかったのと、それ以前から身内にメキシコ人シェフ直伝のタコス職人がいて、ここ数年、東京のタコス店を食べ歩いたりしていて状況を体感していたからだ。

実際、日本国内のタコス店やメキシコ料理店は、2026年4月時点で1,469店舗(前年比13.7%増)となり、2年連続で二桁増を記録。増加の背景は設備の少なさ、小麦粉ではなくコーン粉で作られるトルティーヤが認知され、グルテンフリー(※)や健康志向にマッチしていること、具材の多彩さ、オリジナ化しやすいこと、SNS時代に映える見た目などだろう。
(※トルティーヤはもちもち感をだすため小麦粉を混ぜている場合もある)

ここからも増え続けそうだが、ビジネス的に生き残れるかどうかという見方には個人的にあまり興味がないのである。一気に増えた専門店というのは、当然淘汰されていくだろう(タピオカ屋ブームとは一線を画すが、すでに金沢でもオープンして1年も経たず最近閉店した店もある)。見守りたいのは、小さくても良い店、良い料理であり、よその国の食文化を拝借して商売をすることへの矜持である。それが現地の味であろうがアレンジされたものであろうが、そんな矜持を持った店やオーナーが残ってほしい。

「金沢よ、お前もタコスか」って言われてもいいじゃない

そして、ここ金沢にもタコスを提供する店が増えてきた。
メキシカンバル マルガリータ』『ケニーズタコス』『リビング』『タッタ・タコス』パブ・アンド・タコス キタムラヤ』『バー・スターリット』など。
長年続けているメキシコ料理店もあれば、メキシコに関係なくバーのおつまみ的料理であったり、極最近PUBをタコス・スタンドにリニューアルしたばかりのところもある。

それぞれの店にそれぞれ使い勝手の良さや楽しさがあり、味がある。人によって同じ店のタコスの評価もまちまちだ。なにせ、本当のタコスを現地で食べたことのない人の方が圧倒的に多いのだから。(現地に近いのがいいってわけでもないと思うところはある)

ただ、ある店舗ではアメリカやメキシコからやってきたインバウンドが自国より旨いとか、金沢で本物のタコスに出会うとは思わなかったと帰り際にシェフやスタッフに話しているのを何度も聞いたのは事実。あれはお世辞ではなかった。

ちょっと横道にそれるが、インバウンドがよく店探しに使うGoogleマップの評価において、外国人は気にいると迷わず星5つをつけ、そうでなければ星1とか2をつけると言われている。そこへいくと日本人は、相当気に入っても「まだ他に上があるはず。最高とは評価できない」と星4とかに留めるらしい。民族性なのだろうか。

それはさておき、われわれ(食の仕事に関わる者)は、日本において市民権を得た今、『TACOS』というものをどのように理解しておくべきか、ちょっと考えてみた。

「ウマけりゃ何でもいいじゃないか」と言われればその通り。一般消費者はそんなに考えなくても良くて、古い店も新しい店もどんどん食べ歩いて楽しんだらいいと思う。ただし、食の提供者側に居る者としては外来食とは真面目に向き合っておいた方がいいよね。


歴史っぽいこと(生まれてなかった人のために)

もともと日本で親しまれてきた(とは言っても未だ食べたことのない人も多いと思うけど)タコスといえば、U字型のパリパリに成形した生地(ハードシェル)にレタスの千切りや味付けされたミンチ肉、チーズ、トマトなどが挟まれたタイプがほとんどだった。これはメキシコではなくアメリカからやってきたものだった(後述のTEXMEX参照)。

そしてアメリカから入ってきてその土地のオリジナルとなったのが『沖縄タコス』と言われるものだ。

米軍関係者の要望で始まったものとしては、1984年、金武町の基地キャンプ・ハンセンのゲート前の『パーラー千里』から始まったと言われている『タコライス』のほうが沖縄以外では<沖縄発>として有名になったように思う。

しかし、これより前、1970年にコザでタコス専門店『チャーリー多幸寿』(おめでたい名前!)が創業していたのだ。オーナーの”チャーリー”こと勝田直志さんが1956年創業のレストランをタコス専門店にしたものだった。

ここが「メキシコ生れの沖縄育ち」を看板に掲げた、牛ひき肉のタコミートを使い、レタスやトマト、チーズを載せたスタイルが主流の『沖縄タコス』発祥の場所だ。沖縄返還の2年前、米ドルが法定通貨で、車は右側通行、左ハンドルの沖縄仕様車が走っていた。まだ「内地」ではタコスの存在を知る人はほぼいなかった。

勝田直志さんは「(初めてタコスを食べたのは昭和27年頃で)アメリカ式のバリバリ硬い皮が食べにくいと感じた。食べやすく美味しくなるよう、数年かけて配合や焼き方を工夫した」と語っている(WEBマガジン・考える人 から)。

パリっモチな沖縄タコスのイメージ。チャーリー多幸寿の商品ではありません。

『沖縄タコス』の始まりから56年。現在沖縄の「タコス店」は、中部エリア[宜野湾・北谷・沖縄市など]に25〜30、南部・那覇エリアに20〜25、北部エリア[名護・恩納村など]に10〜15 軒(wrapwrap調べ)と拡大しているらしい。(数字に幅があるのは専門店以外にタコスも提供している店があるためらしい)

日本の第一次ブームはTEXMEX。今も?

1980年代の初め、東京にはTEXMEX(TEX=テキサス、MEX=メキシコ。アメリカで流行したメキシコ風アメリカ料理。)のレストランが登場した。同時に『コロナビール』の飲み口に刺さったカットライムを押し込んでボトル飲みするスタイルが人気になった。グローバルダイニングが手掛ける『ZEST』チェーンがその先駆けとなり、大都市中心にTEXMEXを流行させたと言っていいだろう。それでも当時は一口二口で食べるタコスが主ではなく、肉やハンバーグのステーキと並んで、スパイスで味付けしたグリル肉と野菜を大きい小麦粉のトルティーヤで食べるようなもの(ファヒータ)がメインだったと思う。

また、セブンイレブンで『ブリトー』が発売されたのが1983年。2024年には4400万食を売り上げているというから、TEXMEXは知らないうちに日本人に定着していたと言っていいだろう。(ブリトーはメキシコ料理ではないのだ)

そしてアメリカ大手のタコスチェーン『タコベル(TACO BELL)』が日本初上陸したのは1990年代初めだった。ハードシェルのコーントルティーヤのタコスを中心としたメキシカン・ファストフード店だったが90年代後半には一度撤退をしている。このころからTEXMEXはブームとしては下火になっていった。

ちなみに、『タコベル』はメキシコ風あるいはTEXMEX風の軽食なのだがTEXMEX料理ファンからはタコベルの料理は本格的なTEXMEX料理ではないと考えられているという。(TEXMEXについてはその起源を調べると面白く、TEXMEXを理解できると思うので検索してみて)

そして2010年あたりから、タコスやブリトー、ファヒータといったTEXMEX料理の専門店が続々とオープンし、再び注目を集めるようになった。現在はTEXMEXではなく、本場メキシコ料理感を打ち出す店が多いように思われる(実際のところ、根本的な「タコスとはなんぞや」は別にして、なんちゃって過ぎる店を除いて細かい違いはわからないが)。

また、前述の『タコベル』が渋谷に再上陸したのは2015年だ。撤退から15年以上の間がある。さらに2022年10月に、日本のタコベル事業を運営する株式会社TBJが小僧寿しの子会社となり現在10号店を運営している。本場メキシコ、本物志向になってきた日本国内で、なぜまたファストフードが再進出して勢いがあるのか、知りたいところだ。


ガチタコス時代ではあるらしいが・・

先に出てきたが、メキシコ料理が根付いたテキサスで独自の発展を遂げたTEXMEXと呼ばれるメキシコ料理店でだされる”アメリカの”タコスが日本では一般的なタコスだった。

2025年『タコス元年』といわれブレイクしているのは、本場メキシコの「タコス」、つまり『ガチタコス』と言われているのだが、正直、TEXMEX系との境界線はわからない。

「町中華」に対する「ガチ中華」みたいに生まれたワードなのだろうが、ではいったい『ガチタコス』とは何か?

本場メキシコのタコスを『ガチタコス』というならば、土台となる平らなパン、トルティーヤ(生地)の原料は基本的には「マサ(Masa)」と呼ばれる特殊なトウモロコシの粉でなければならない(マサとは粉のことも指すが、粉を水で練った生地のこともいう)。

普通のトウモロコシ粉とは異なり、乾いたとうもろこしを石灰水などのアルカリ液で茹でてから粉に処理されている。ただの水ではまとまらないトウモロコシ粉が粘りを持って生地になり、栄養(ナイアシンなど)の吸収が良くるという。

さらに市販の小麦粉や普通のコーンフラワーとは違う、もちっとしたタコスの食感も楽しめる。

これまではこのマサと呼ばれるトウモロコシ粉や他のメキシコ食材が日本では入手しにくかったので、ガチタコスではないところが大半だったのだろう。

このマサには、ホワイトマサ、イエローマサ、黒いトウモロコシからできているブルーマサなど数種類あり、そのまま焼いたり、肉を煮込んだ時の脂をつけて温めたり、それぞれの焼き方があるが、焼くと香ばしい独特の香りが立つ。

そして多くのタコス職人はこのマサのトウモロコシの香りこそがタコスの命だと言う。だから、香りが飛ぶため作り置きを嫌う職人が多い。とはいっても技術は進んでいるので冷凍トルティーヤなども品質が上がっているのも確かだ。千葉にはメキシコ人が経営するトルティーヤ製造販売工場もあり、需要が高まっている。

では、この”本物”トルティーヤに対し、”本物”の具材とは何か?
主にカルニタス(豚肉のブロックをラードやスパイスで柔らかく煮込んでから細かくほぐしたもの)やスアデロ(牛の胸肉を肉汁で煮込んだもの)が挙げられるが、タコス発祥の地、メキシコシティでは内臓系や他の肉類、魚介と多種多様であり店の特徴となっている。さらに、味を決める(肉などは塩味だけのものが多い)サルサソースなども各店のレシピで違っていて、それも好みで贔屓の店ができるのだ。

要はトルティーヤで包んで食べるものがタコスなので、自由。

2025年に『ガチタコス』といって取り上げられた店を見てもほとんどがTEXMEX系だったし、スープにつけて食べる『ビリヤ・タコス』もこれから人気になると書いてあった。ビリヤはメキシコ発祥だが、ビリヤ・タコスは完全にアメリカ産である。

ということでもちろんハードシェルではなく、マサのトルティーヤを使っていて、ひき肉のタコミートとかレタスの千切りやチーズが乗っかっていない、調理風景からして”現地っぽい”空気を漂わせている店で提供されるものを日本の『ガチタコス』と言っているのではないだろうか。

ただ全国には、メキシコのストリートスタイルの店も増えているのは確かだ。しかしそれをガチタコスと呼んで区別する意味はほぼないのかもしれない。本来は「町タコス」がガチタコスなのだから。



さて、筆者がここ1、2年で食べに行った東京の<特筆しておくべき話題のタコス店>が2軒ある。ここにこの先のタコスを考えるヒントがあるように思う。

ひとつはマルコ・ガルシア氏が2018年に三軒茶屋の住宅街に開いたロス タコス アスーレス。平日でも朝9時には人が並ぶ「朝タコス」の店だ。午後3時から4時には閉店する。マルコさんはRICE.pressの「タコスの居場所つくり」という連載記事の中でこう言っている。(RICE.pressより抜粋)※現在は恵比寿に2号店がある。

「オーバーサイズ的なポーションや、ヘビーなトッピング、そしてビジュアルの派手さに頼るといったようなスタイル」ではなく「派手さよりも抑制を大切とし、量よりも親密さの構築に意味を見いだし、<The・本場感>を追い求めるよりも共鳴から生まれる本質的な「オーセンティシティ」を模索しました。つまり、日本文化の中でタコスが意味を持つ(根付く)方法を自分たちなりに見出そうとしていました」

マルコさんはそこで、ブルーコーンの『マサ(トウモロコシの生地)』のトルティーヤを中心に置いた。「ニシュタマル製法の在来種トウモロコシを毎朝店内の小さなモリーノ(製粉機)で挽く新鮮なマサ」を揺るぎない軸とした。

単なる食材を超えてメキシコ料理を形作る土台であり、地域性や季節の味わいが表現される媒体」として「一からトルティーヤを手作りすることにこだわり抜くことで、単純にプロダクトを輸入するのではなく、プロセスを文化として根付かせよう」としたのだ。

「さらに日本の食材 、 山菜や新鮮な地魚、旬の柑橘類等と組み合わせることで、タコスは単なる<異国の珍しさ>ではなく<クラフト>としてここ日本に存在できるようになった」という。ロス タコス アスーレスのタコスは北海道産の豆や春菊、しらすなどがクラシックなカルニータス、バルバコアらと並んで提供される。

WEBサイトにはこう書かれている。
英語と日本語ではだいぶ違っているようだが、逆に自分たちの仕事を理解してほしいという熱は伝わってくる。

(英語版)
🄽🄾🅃Junk Food
If you are a such person who cannot abandon the prejudice that tacos are meant to be cheap, or should be confined to the streets, we don’t recommend you to come to this restaurant.
While we are not attempting to be a fine dining restaurant by any means, our prices are set to include use of quality ingredients, intensive labor due to the fact that we make everything from scratch, and proper service. 

(翻訳)もしあなたが、「タコスといえば安価なもの」という先入観を捨てられない、あるいは「タコスは路上で食べるもの」という固定観念から抜け出せないような方であれば、このレストランへのご来店はお勧めしません。
決して高級レストランを目指しているわけではありませんが、当店では、上質な食材の使用、すべてを一から手作りすることによる手間のかかる調理、そして丁寧なサービスを含めた価格設定となっています。 

(日本語版 ママ)
NOTジャンクフード
来店前の注意ポイント、当店は安いファーストフードなタコスを提供するレストランではありません。高い品質の食材を使い、提供するメニューの全て一から手作りしています。トルティーヤ、サルサ一つとっても全てフレッシュで作っているので、丁寧な労働と時間を必要とするしごとせす。どうか、タコスというイメージだけで、ファーストフードやジャンクフードのタコス、またはアメリカやメキシコで食べたことあるタコスと同じ価格を期待しないでください。もちろん高級レストランを目指しているわけではありません。出来るだけ多くの方に楽しんでいただきたいのです。ですが品質は維持する必要があります。

もうひとつの店は「だってタコスは愛だから」をモットーにメキシコシティのタコス愛、ストリートタコス愛から創業したヤミータ(Yamita)氏(古屋大和さん、日本人です!)のタコス・トレス・エルマノス。<メヒコの道端の味>の伝道師だ。

前述のロス タコス アスーレスとは真逆の世界だと言える。

ヤミータさんはあくまでもストリートタコスを『タコス』と呼ぶ。レストランの奥でシェフが作ってプレートに飾り野菜が添えてあるようなものは『タコス』ではないという。言うなれば、町のたこ焼き屋の「たこ焼き」のような位置付けだ。しかしそもそもタコスはたこ焼きと違い、家で作るというものではないとも言う。家を出てその辺に行けば屋台や店がたくさんあるからだ。そしてヤミータ氏はそもそも料理人ではない。そのストリートの匂い立つようなエネルギーや仲間感をも伝えたいと考えている。

ヤミータさんはきっと、本文の後半で紹介しているTEXMEXレストランである『Trejo’s Tacos』のタコスはタコスではないと言うかもしれない。または興味がない、と。

「トレス・エルマノスを代表するタコスは牛肉のスアデロと皮付き豚肉をとろっと煮込んだカルニタス」であり、それにきざみ玉ねぎ、シラントロ(香草)、リモン(ライムの搾り汁)、サルサ・ロハ(チレ・アルボルの辛いソース)やサルサ・ベルデ(緑ほおずきのソース)と、そして好みで塩をかけて食べるスタイルだ。

トレスエルマノスではメキシコ・ソノラ州の牧場で育てられた牛肉を使用。他の食材も可能な限りメキシコの食材を使い、本場メキシコのタコスの味をそのまま日本で提供、暮らし、風習もタコスで伝えようとしている。

ヤミータさんはメキシコのものを使うことで、世話になったメキシコに少しでも還元したいとも考えている。

こちらは、肉の仕込みで出た肉汁脂(たぶん)にさっと浸して焼いた小さめ(たぶんφ8cm)のトルティーヤが一皿に5枚ほど重なって丸く並べられ、その上にスアデロまたはカルニタスなどの肉がどっさり載せられて出てくる。それを一番上になっている端のタコスから肉を掬うように持ち上げ食べていく。タコスのメニューはこのスタイルだけで、4種のみ。各種類をちょっとずつというのはない。個人的には、豪快と言えば豪快だが、一人で2種はキツイと思うほどのボリューム。ヤミタさんも「食べられないなら無理せず、別の日にお腹を空かせて来てくれ」という。

この二つの店の考え方は相反しているが、タコスの持つ文化を他国においてどう根付いてもらいたいかをしっかり考えていることに違いはない。重要なことはその点だ。文化の違う場所でどう理解してどのように組み立てるか。または、こういう文化でこれを知ってほしいですと100%同じ世界を持ち込むか。


押入り強盗から悪役俳優、そしてタコス・レストラン経営者になった男と母の味


さて、筆者は「タコス元年」となった2025年11月に、BOOKコーナーで『ダニー・トレホのタコスを喰え!』という本を紹介している。2023年に晶文社から発売された俳優でありメキシコ料理レストラン経営者の実業家ダニー・トレホ氏のレシピ&自伝のような本である。以下に加筆修正を加えたものを掲載することにした。ここにもタコスを知るヒントがある。

前述したようにストリートのタコスを普及させようとするタコス・トレス・エルマノスとは、また異なる世界ではあるのだが、根底にあるのは同じようにも感じる。

『ダニー・トレホのタコスを喰え!』とはどんな本か。

タコスとは何か?アメリカのTEXMEX、タコスの現在地とその背景を知るにはいいレシピ本だ。そして、ガチタコス店が爆誕したり、沖縄タコスが進化していたり、タコベルが復活したりの現在、読むことで日本におけるタコスというものを考えるいいきっかけになる。これは世界に進出した寿司やラーメン、おにぎりといったものがどう現地で売られてくべきかということと同じだ。正解はない。現地での変化を進化と捉えるのか、本物はこっちだというのか。われわれは他国起源のラーメンやカレーライス、餃子などを完全な日本食にしているし、海外ではラーメンを中国料理だとは思っていないだろうしね。

本書は、先にも書いたが、料理を提供する者の「矜持」とは何かを学べる本だと思う。


11年間も刑務所を出たり入ったりしていた元囚人からハリウッド俳優へ転身した異色の経歴を持つ著者、ダニー・トレホ氏は、傷だらけの顔と強面の風貌で知られる。映画では主にギャングや悪役を演じることが多く、その強烈な個性と存在感で人気を博してきた。代表作には、主役を務めたロバート・ロドリゲス監督の『マチェーテ』シリーズや、『スパイキッズ』シリーズ(主人公たちの叔父で発明家の役)がある。また、『ヒート』や『コン・エアー』など、多くのハリウッド大作にも重要な脇役として出演している。

トレホ氏はそ多く演じた悪役や敵役の役柄とは相反し、共演者から「優しい人」と言われ評判らしい。なにせ、『あつまれ どうぶつの森(あつ森)』が大好きプレイヤーらしいので本当だろう。『あつ森』内のトークショー番組「Animal Talking」のゲストとして自分のゲームの中で島を案内するトレホの姿が公開されている。ここでは釣りと昆虫採集で生計を立ててスローライフを満喫しているようだ。そして「島民に対して悪意や不満を持っていますか?」と尋ねられたトレホ氏は「NO。みんないい隣人たちだよ」と答えている。ちなみにそこにはタコスの屋台もある。

そんなダニー・トレホ氏は、現実世界ではロサンジェルスの人気タコス専門店『Trejo’s Tacos(トレホズ・タコス)』のオーナーでもある。

この本、は2023年に日本版が発売されたダニー・トレホ氏の、「自伝的」レシピ本と言える。タコスを中心とした『トレホズ・タコス』のメキシコ料理、L.A.スタイル(いやトレホ氏スタイル)が満載で、実際のレストランで人気の料理のレシピが公開されている。

俳優以前はレストランに押し入る側だった彼がなぜ<賞をもらうようなタコスや本場のバルバコア(スペイン語のBBQを表す言葉)やケール・サラダで人気のレストラン・チェーンのオーナーになったか>を読み、さらに「俺」調のパンチの効いたレシピの前説を読むと、料理もよりワイルドな感じがしてくるのだ。(これは全体を通して聞き書きのような翻訳となっているからかもしれない。アクション映画の字幕のようだ。)

しかし、調理に対する姿勢は実にまっすぐで丁寧だ。本人も「俺はまっすぐな男として知られている。当然、食べる物もまっすぐなのがいい」と書いているくらいだ。

「材料も新鮮で、余計な手を加えていない、本物の食べ物ばかりだ」という。コリアンダーなどの実のスパイスもホールで、粉は使わない。ライムもジュースなんかではなく生を大量に使っている。何が入っているかよくわからなん<ファヒータ・シーズニング>みたいなやつはお呼びでない、と。

(まあ、瓶入りの<ファヒータ・シーズニング>はTEXMEXやメキシコ料理ぽいものを家庭で作るには便利なミックス・スパイスだとは思う。自分もこの手のものはよく使う)

さらに、まっすぐついでに、メニューの料理名もカルネ・アサーダ、つまり「焼いた肉」とズバリまっすぐだ。

トレホ氏のプロデュースするレストランと料理とは<トレホ氏のママが大事にした家庭の食卓であり家族全員が喜ぶ絶対的なおいしさ>ということにつきるのだ。

そして、「『トレホズ・タコス』はおふくろの料理抜きには存在しない」という。「俺が悪いことしていようがまともな毎日を送っていようが、おふくろはいつだって最高にうまい料理を作ってくれた。おふくろの料理がほんとうに大好きだった」と。

(なんだ、RIFFで取材した味坊グループの梁宝璋社長とお母さんに似ているではないか!梁社長は道を外れたりしていないが。→「越境した中国チチハルの味。 母子の味が伝えるもの。」

映画プロデューサーのアッシュ・シャーに店を作ろうと持ちかけられ、プランを見せられた時、まずトレホ氏の頭に浮かんだのは「誰もが心から歓迎されている気分になれ、しかもうまいものが食べられる場所にしたい」ということだった。

それは例えば「10人のメンバーで(撮影の)打ち上げに行くとすると、食事の好みがみんな違う。ひとりはグルテンフリー、ひとりはベジタリアン、さらにはパレオダイエット(旧石器時代食)、ケトジェニックダイエット(ケトン体濃度を高める高タンパク・高脂肪・低糖質食)、ヴィーガン(厳格な菜食主義)、低炭水化物食・・・・そんな感じだ。だからレストランのメニューを考えるときには、食の好みの違う人が10人同じテーブルについても、必ず全員満足がいき、しかもうまいものを頼めるよう細心の注意を払うようにした」ということだ。

これには脱帽である。日本で、金沢で、ここまで対応しようとする料理店を自分は知らない。食べるとは何か、レストランとは何かを考え直させられる。

うーん、そういうことではタコスは万能な気がする。しかし、それはタコスか?

ただ、メキシコシティのタコス屋台通りのようなところでは(行ったことがないのでドキュメント番組で見ただけではあるが)、ほぼ専門店化しているようだ。パストール、牛タン、コチニータ・ピピル、バルバコア、アラチェラ、ミチョアカンスタイルのカルニータス、海鮮、トリパなど、それぞれ肉や内臓、海鮮に特化して競い合っている。1軒の店で様々な食スタイルに対応しているというのは聞こえてこない。

だからこれはたぶん、LAという様々な人種や多様な食の考え方が存在する場所だから必要であり、アメリカのメキシコ料理という位置付けだから自由度があり可能なのかもしれない。



紹介した『ダニー・トレホのタコスを喰え!』は、タイトルからタコスのレシピ本と思われるが、先に書いたようにタコス屋ではなくアメリカのメキシカン・レストランの料理本である。

自分はこの本と、たくさん行った中でも、ここに書いたタコス専門店(一軒はタコス屋=タケリア(taquería)と言った方がいいだろう)の二軒について体験し調べていきながら、料理を提供する者の料理に対する矜持というものの重要さを再認識した。そして矜持を持つには、誰に何を食べてもらって何を伝えるか、考え抜くことだと。

自分はそういう人の料理を食べたい。

そういうものが伝わるタコスならば、現地そのままでも、メキシコからアメリカに渡ったタコスでも、地域で新しい世界をつくるタコスでも良いのではないだろうか。