- 書名:ぱっちり、朝ごはん
- 著者:阿川佐和子・池波正太郎・石垣綾子・井上荒野・色川武大・角田光代・河野裕子・川本三郎・久住昌之・窪島誠一郎・久保田万太郎・小泉武夫・小林聡美・佐藤雅子・佐野洋子・椎名誠・東海林さだお・立原正秋・團伊玖磨・筒井ともみ・徳岡孝夫・西川治・蜂飼耳・林芙美子・堀井和子・堀江敏幸・万城目学・増田れい子・向田邦子・森下典子・山崎まどか・山本ふみこ・吉村昭・よしもとばなな(吉本ばななの2003~2015の旧名)・渡辺淳一
- 発行所:河出書房新社
- 発行年:2015年
著者に色川武大と林芙美子と久住昌之と吉本ばななが並んでいるのも珍しいが、盛りだくさんのメンバーが朝食を語るというのもなかなかのもので、味だったり思い出だったり、それぞれが朝ごはんを想う。
随筆や全集、連載から作者の素顔を感じさせる話を選び出した編集者に敬意を表したい一冊。
特に巻頭の林芙美子のエッセイに興味を惹かれた。「放浪記」「浮雲」の林芙美子である。貧乏を売り物にする素人小説家とまで言われた林芙美子である。複雑な家庭、複雑な恋愛を繰り返した波乱万丈の代表、林芙美子である。
その林芙美子の書き出しはパリの朝食だ。林芙美子は1931年からやく1年朝鮮・シベリヤ経由でロンドンに入り、パリに半年ほど住んだ。
ロンドンの2ヶ月の朝飯が毎日変わらずオートミール(うまいのだが)とハムエッグス、ベーコン、紅茶っだったことに閉口した。それに代わってパリでの朝食は体にもあったらしい。
「巴里では、朝々、近くのキャフェで三日月パン(クロパチンとルビ)の焼きたてに、香ばしいコフィを私は楽しみにしていたものである」と綴っている。
つい最近のおしゃれカフェの朝食のようだが、満州事変が始まっていた時分である。後に素敵な思い出として書いているところは、さすが南京攻略の線の従軍記者になったように能天気な行動派だったことが窺える。
林芙美子は1951年(昭和26年)の4月1日から7月6日まで朝日新聞に小説を連載中に心臓麻痺のため死亡、絶筆となった。タイトルは「めし」。
この本は現代の人気作家なども朝ごはんに関して書いているわけだが、少しの時期、飲み処で毎日のようにお会いした方もいる。毎日午前3時を回っていたので、あの方にも朝ごはんはあったのだと変な関心をしてしまったが、子供の頃の思い出になっていて納得。
持続睡眠ができないナルコレプシーの色川武大の朝食。朝食がいちばん楽しみだという石垣綾子と1日3食朝ごはんでいい、という料理家の堀井和子。イノダコーヒーでビーフカツサンドを食べる万城目学。宇和島で朝うどんを食べる吉村昭。團伊玖磨は味噌汁を飲まない言い訳を。そして発酵学者・小泉武夫は秋田の納豆について汁から餅まで語る。椎名誠は誰に頼まれたわけでもないのに「世界の朝ごはん」を考える。小林聡美がパンケーキと書くとその映画での佇まいが思い浮かぶ。もちろん卵かけご飯は数人がテーマにしている。
どの世界の人でも、文章の上手い人間が綴る朝ごはんの話というものは、やはり美味しそうで、ぱっちり目が覚める。
出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。