Pairing要素を前提にしつつ、料理や使われている素材などをフックに、産地や風土、歴史や文化など連想されるものをグラスの中で表現する 1杯の” 作品 “としてのドリンク。
“ Imaginative liquid ”
音楽や映画、カルチャーやアートなど様々なものからインスピレーションを受け、通常ドリンクでは使われないであろう”食材”や”植物”などからエキスやフレーバーを抽出。ミュージシャンが曲や詩を書くように。アーティストがキャンバスに描くように、表現方法の一つとしての“ liquid “を作り出します。
一見、アーティスティックな感性や直感的に作られていそうな Imaginative liquid ですが、alchemy(錬金術)や mixology(科学的調合)といった科学的・理論的なアプローチで緻密な計算の元、開発しています。
そんな Imaginative liquid の発想の起点や表現したかった想い、レシピやリキッド生成の技法を、毎回記事の中で紹介していますが、今回は趣向を変えて、ドリンク開発の元となる僕の妄想ストーリーを中心にお届けします。香りや味わい、表現したかったものは全てストーリーの中に書かれています。
どんなドリンクなのか、読み取っていただければ幸いです。
Mocktails : 朝風呂 – 朝からフルシャン
焦点 : ジャグジー
年が明けて1杯目のドリンクになるので、なにか縁起のいい、景気のいいドリンクにしたいな、とイメージしたのはシャンパン。
正月休みだからと昨夜も深酒をしてしまい、目が覚めると外はすっかり陽が昇っていた。
酒が抜けておらず身体がだるい。僕は飲む時には何も食べないタイプなので、何時間食べていないのだろう。いい加減なにかお腹に入れておきたい。キッチンのカウンターに盛られた果実とシャンパンとクーラーを手にジャグジーに向かう。湯船に浸かり昨夜から居座るアルコールを蒸発させつつ(しません)、冷えたシャンパンでまだ寝ている細胞に起床を促す。グラスをバスタブの縁に置き、適当に持ってきた果実を手に取る。食べごろを過ぎ完熟しきった洋梨にかぶりつくと、中から果汁が溢れ出しぼたぼたと湯船にこぼれ落ちる。これは風呂場で食べるメリットだな、なんてバカなことを考える。
「こんな時くらい徹底的にダメになってもバチあたんないよ」
天使の顔した悪魔にそそのかされ僕はジャグジーに浸かっている。
新年らしく、景気の良さと休暇の怠惰を表現したモクテル。
新潟産の洋梨「ル・レクチェ」をシロップにし、シャンパングラスでソーダアップすれば、ゴールドの見た目も相まって、高級なシャンパンに見える。
朝風呂
自家製洋梨シロップ 10ml
- FEVER TREE SODA 適量
- クラッシュアイス 適量
- シトラスピール 適量
シャンパングラスに材料を入れソーダアップし軽くステア。
Cocktails : 大葉スマッシュ
焦点 : SAKE Cocktails
ソムリエからのオーダーで提供した、銀鱈の料理に合わせた日本酒を使ったカクテル。
料理・日本酒に合わせ、和のフレーバーをレイヤードした、大葉のスマッシュカクテルに仕立ててみた。
日本酒は金沢の老舗酒蔵福光屋の純米吟醸”鏡花”。純金箔入りで新年らしくなんとも縁起が良い。
クラッシュアイスでさらに温度を下げ、溶け出る氷水を加水。こうすることで、ふくよかな吟醸香を抑えシャープなアルコール感を前に押し出す。味わいの構成はなにも足し算ばかりに頼らずとも、温度帯や加水率でその表情を変えられる。
“奇を衒って日本酒になにか混ぜてみました”みたいなものではなく、ちゃんとカクテルとして成立させたい。そのために、スピリッツベースのカクテルのようにシャープな輪郭を持たせる意味合いで、少量のライムコーディアルと柚子のピール、茗荷の千切りを加える。
(直前に足し算に頼らないってドヤってたのに…笑)
大葉スマッシュ
- 日本酒 / 福光屋 “鏡花” 50ml
- 自家製ライムコーディアル 1tsp
- 大葉 1枚
- 茗荷の千切り 適量
- 柚子ピール
- クラッシュアイス 適量
グラスの内側全体に大葉の裏側を擦り付け香りをつける。
日本酒、ライムコーディアルを注ぎ、ペストルでマッシュする。
クラッシュアイスを入れ柚子ピールを降る。
千切りの茗荷を飾る。
Mocktails : Ricky – 香を嗜む
焦点 : 風呂上がり
さっき(Mocktails:朝風呂)はジャグジーで飲むシャンパンのだったので、次は風呂上がりの1杯をイメージしてシャープで爽やかなジンリッキー風モクテルに。
冷えたシャンパンと熱いシャワーで気怠さをリセットさせ、リビングのソファーに腰を下ろす。テレビの画面には、このクソ寒い中襷を巻いた薄着の大学生が苦悶の表情で走っている。
若者がこんなに頑張っているというのに…となんとも居心地の悪さを感じていると、目の前のローテーブルにグラスが置かれた。
「ちゃんと水分取っておかないと危ないよ」
置かれたコリンズグラスにはカチワリの氷と草みたいなハーブ(?)。液体は気泡が水面に昇ってパチパチと音を立てている。グラスがうっすら汗をかいているということは、氷でしっかり冷やしたグラス自体と、空調の効いた室温との温度差が故。そして、持ってくる直前に注いだからこそ勢いよく炭酸が弾けている。
てかこの草なんだよ。
そういえば、友人らに半ば拉致られ参加した食事会で、自己紹介がてら趣味の話題になり、たまにハーブティーの教室に行ってるなんて言ってたな。その時に、「キラキラOLかよ」とつい心の声が漏れてしまい、すかさず「デュクシ」と謎の擬音を発しながら脇腹を突かれた。他の面子からは見えないテーブルの死角で。
初対面の年長者の脇腹をニヤけ顔で突くとはなんともアグレッシブなお嬢さんだことで。
意外とこーゆうとこ気が利くんだよな……なんて思いながら、キッチンに戻っていく背中をぼーっと眺めている自分に気が付き、大して興味もない画面に慌てて視線を戻す。』
Ricky
- Home Distilled Non_Alcohol GIN 30ml
- Home Distilled Citrus water – Lime peel 10ml
- レモングラス 適量
- 山崎の水 – 発泡 適量
グラスに氷を入れステアしグラスをしっかり冷やす。
自家蒸留水2種をそそぎソーダを氷に当てないよう勢いよく注ぎフィルアップ。
結んだレモングラスを入れる。
Mocktails : Brunch Bread – 優雅なブランチ
焦点 : バター
金沢の郷土料理『真鯛の唐蒸し』のおからのほっくり感に合わせ、大麦を炒って香ばしいパンをイメージしたモクテル。寝起きのジャグジー、風呂上がりの1杯に続き、焼きたてパンの優雅なブランチという一連の流れを意識。砂糖は一切使っていないけど、リコリスとキャラウェイの香りが上品な甘さに錯覚する。
なにやら香ばしい香りが漂ってくるのでキッチンに目を向けると、見知らぬ白い箱から茶色の物体を引き抜いている。表情からなんだそれという疑問を読み取ったのか「おせちも飽きると思って焼いてみたの。新品みたいだけど使ってよかったよね?」
見知らぬ白い箱はホームベーカリーらしい。以前なにかの景品でもらったまま忘れられ、永い眠りについていたその箱は、持ち主以外の救世主によって初めてAC100Vを内部に取り入れ、ついに目覚めた。
どこから引っ張り出して来たのそれ。
そういえば、最近微妙に部屋の様子が変わっている気がする。というか綺麗に片付いている。
なるほど…来る度、こっちが起きる前にいろいろやってくれているのか。
「食べる元気ある?」
麦とバターの香りにつられてテーブルに座ると、今度は甘い香りのする黄色くドロッとした液体の入ったタンブラーが出てきた。「フフっ」
脳裏をよぎる。スムージーて…キラキラOLかよ……
「ドスっ」
突然スネに痛みが走る。いや、まだなにも言っていないし…顔を上げると目の前に屈強な黒人がニヤついて言う。
「アイアム ミスター パーフェクト」
「ホーストのローはアカンて……」
二人同時に吹き出して笑う。笑いのツボが一緒だと居心地いいななんて思いつつも、世代の違う、しかも女の子がなぜ往年のK-1ファイターを知っているのか。突然感じた知らない誰かの影への嫉妬と自分の狭量さに驚きと戸惑いを隠せない。
Brunch Bread
- バーリーマックス(大麦) 30g
- 無塩バター 10g
- キャラウェイ 1/2tsp
- リコリス 1tsp
- 水 300ml
鍋で大麦を空炒りして香ばしさをだす。
バターをいれ溶かし炒める。
スパイスと水を加え沸騰後弱火で10min煮る。
火を止めて10min置く。
濾して粗熱をとってホモジナイザーで乳化(3min)させる。
Mocktails : 日の丸 – 初日の出
焦点:Japan
ごくごく一般的な家庭に育った僕としては、お肉にはとなりに白米が欲しい。むしろご飯にお肉をワンバンさせて肉汁やソースを吸った米を食べたい。さすがにコース料理のお肉で“お米ワンバン”は周囲から鋭利な視線が飛びそうなので、せめてドリンクでお米を表現してみる。新年らしく日の丸……つまりはご飯の上に梅干しが乗っている、日の丸弁当のご飯部分を表現する。
ただでさえクソ寒いのに加え、やれ初売りや初詣やと人でごった返す外には出る気にもなれない。読みかけの小説を脇に挟み、ラックのレコードをパラパラと選んでいた時、天板に置かれた肩幅ほどの大きな黒いリングが目に止まった。ぁあ・・・流石にこの状況で一人の世界に没頭するのは気が引けるしな……リングを手に取り振り返ると、満面の笑みで画面の入力をHDMIに切り替え、髪を後ろにまとめながらストレッチをし始めている。
「「ヴィクトリィぃぃーッ!!」」
思いのほか夢中でやってしまった。運動不足の解消にと購入したものの、おっさんひとりで汗だくになる画は痛すぎると我に返り、暫く賢者タイムだったというのに。今日は競う相手がいるからか。それとも相手がこの子だからか。以前とは違う表情の汗だくおっさんの姿がそこにあった。
久しぶりの運動でカスカスの喉を潤そうと冷蔵庫を開けると異様な空気を醸すジップロックの袋が棚に置かれている。恐る恐る手に取ると肉の塊のようだが表面がねっとりとした白いものに覆われている。ぅわぁぁ…買った記憶すらない。テロレベルに腐らせてしまった自分のだらしなさに絶望していると隣で声がした。
「麹で柔らかくなるの。おいしーんだよ?」
知らない間にこのキッチンには手作りの味噌や梅干しがある。一般的には、調味料やコスメをマーキングのように置いていく行為は印象が悪いはず。
いやもぉこれ、キラキラすっ飛ばしてBBA……「デュクシ」
いや…だからなんも言ってないじゃん……
日の丸
- 自家製米麹 100g・・・※
- 60℃のお湯 200ml
- 水 600ml
- 梅シロップ/星子 2tsp
- 自家製白檀リキッド 100ml・・・※
※自家製米麹:蒸したお米に種麹を振いまぶし48h発酵させ麹菌を培養。
※自家製白檀リキッド:香木である白檀を削り、オールスパイスや果皮などと煮詰めた自家製トニックウォーターのベースリキッド。
米麹と60℃のお湯を1:2の割合でブレンダーで撹拌。
発酵器で60℃/6h 発酵。
発酵させたライスミルクを濾し袋に入れ水を張った鍋にいれ弱火で40min煮詰める。
ストレーナーで濾して梅シロップ、白檀リキッドを加えステアしボトリング。
グラスリム1/3ほどごましおをスノースタイルにし、氷を入れリキッドを注ぐ。
Mocktails : 家元ニュータイプ – Brand new OMACCHA
焦点 : 革新
2022年のアニメのなかで個人的に印象的だったひとつとして、「水星の魔女」がある。(2023年も引き続き放送中)
姉2人の下、末っ子長男として育った僕は、これまでまともにガンダムに触れてこなかったけれど、ガンダムが悪とされる今期のストーリーに惹きつけられた。当たり前のように”ガンダム=正義”みたいなイメージを持っていたし、主人公(女子)に対しヒロイン(女子)の関係性や、地球の人間がテロリストだったり・・・いろいろ設定バグってるというか、固定概念をぶち壊す革新的な挑戦のように感じ感銘を受けた。そんな”革新”を、新しい抹茶の楽しみ方を提案をする架空の家元で表現する。
「ハウス!」
食後。普段、ひとりなら出しっぱなしのマグカップインスタントのコーヒーを淹れるところだけど、今夜はリビングのソファーで待機させられている。なにやらシャカシャカと音がすると思っていたら、マグカップではない口の広い茶碗がローテーブルに置かれ、中には泡立った緑の液体が入っている。え?さっきのシャカシャカって。立てたの?てかそれマイ茶筅?
驚いた顔を見て笑いながら言う。
「いや、お正月だし“和”な感じしていいかなぁって。新年だし変化…みたいな?」
困惑の表情のままいると、小さい頃習わされてたって程度だけどね。あーお茶菓子お茶菓子、とまたキッチンに戻って行った。
きっと、ウチなんかよりずっと良い家柄で、しっかりとした親御さんの元大事に育てられて来たんだろうな。知らない間に家事全般さらっとこなすし。他所行きスイッチ入れば人前での立ち振る舞いには品があるし。今時味噌まで手作りしてるくらいだしな。そんな子に、恋人でもない自堕落なおっさんの世話をさせてしまっている。
(ちゃんとしないとなぁ…)
ローテーブルに置かれた、自分では選ばないであろうモノグラム柄の小さなケースを手に取り、空いているリングにこの部屋のスペアキーを取り付けていると、戻って来た彼女が固まってアワアワとしている。
「まぁその…そーゆーことで。よろしくお願いします。」
「…デュクシ」
俯く顔を覗くとやたらとニヤニヤしている。
家元ニュータイプ
- ココナッツウォーター 700ml
- くるみ 40g
- レーズン 20g
- クローブ 2個
- カモミール 20g
- 無調整ミルク
- 抹茶 3esptsp
くるみをすり鉢でかるく擦り、空炒りして香ばしさと油分を引き出す。
レーズンを加え軽く加熱し甘みを引き出しながらペストルでマッシュする。
ココナッツウォーターとクローブを加え沸騰後弱火で10min加熱。
火を止めカモミールを加え蓋をして5min抽出。
濾してボトリング。
湯煎で60℃に温めた無調整ミルクに抹茶を混ぜハンドフォーマーでミルクフォームを作る。
ボトリングしたココナッツウォーター30mlに抹茶ミルクフォーム90ml注ぐ。
あとがき
今回はあえて詳しい料理の説明や、ペアリング的要素の解説は極力少なくし、ドリンク作成の元となった僕の妄想ストーリーを中心に展開しました。
年末年始の休暇をダラダラと怠惰の極みのように過ごした自分の状況を1杯目のドリンクに入れ込もうと考えたところから始まり、明確な言葉を交わさず、付き合ってるのか付き合ってないのかわからないアヤフヤな男女関係で表現しようというところに着想しました。その後もドリンクレシピと同時進行でストーリーが繋がっていき、いつのまにかラノベみたいなひとつの物語が出来あがりました。
さすがにこの妄想ストーリーを客席で熱弁するわけにもいかず、当たり障りのない言葉でかいつまんで説明していたので、実際にこれらのドリンクを飲んだ方からすれば、あのグラスの中にこんな物語が隠されていたのかと驚くでしょう。ホントなんかごめんなさい……
ただ、ドリンク1杯ずつ、このようなストーリーを元にレシピを考えたり、インスピレーションを受けた音楽や映画のワンシーンなどをグラスの中で表現しています。
今回は長期休暇で小説やアニメに没頭する時間が長かったことが顕著に表れています(お…オタクじゃないし……影響受けやすいだけだし…)
この記事を読んでから僕のドリンクを注文されるお客様。
「デュクシ」は勘弁してください。たぶん好きになっちゃいます(笑)
元音響エンジニアのバーマン。
外食はコンサートと同じ。料理やドリンク、空間やサービスで楽しいショーを体験する時間。ステージを彩るドリンクで、ショーの一翼を担う。