- 書名:うちの乾物料理
- 著者:前沢 リカ
- 発行所:高橋書店
- 発行年:2010年
乾物とは「植物性の食材や海藻類、魚介類などを水分をカラカラになるまで抜いて乾燥させ、常温でも数ヶ月以上保存をできるようにした乾燥食品」のことである。種類も多く、昆布、寒天、ひじき、干ししいたけ、切干し大根、高野豆腐などがあり、この他にも、豆類や麩(ふ)、麺類、のり、ワカメ、煮干し、桜エビなどがある。
昭和の台所には缶に入れたり新聞紙に包んだ乾物が収納されていたように思う。最近では洒落た料理屋さんで炊いた切干し大根やひじきなどを、お袋の味から格上げされた感じでちょっとありがくいただくことも多くなった。食材として『乾物』は一般的にどういう位置にあるのだろう。
小さめの食品スーパーに行ってもそれなりの乾物コーナーはあるものの、専門の乾物屋ほど豆やひじきや干し椎茸、麩などの種類が多くあるわけでもない。極々昔からある専門メーカーの売れ筋か、戻し時間が早く改良されたものが並ぶ。
乾物はベジタリアンやヴィーガンという食の考え方や思想が浸透しているのでその界隈では再注目されている。わざわざ富澤商店、成城石井の実店舗やネットショップで珍しい乾物を見つけるという人たちも増えているようにも思う。
それでも金沢は中心地に市場があるので業務用も含め大概のものは揃うし、お麩の老舗もある。食卓には昔ながらの乾物を作った料理が並んでいるような気もするのだがはたしてどうだろう。一度ちゃんと調べるべきかもしれない。
個人的に、乾物は日本の食材の原点、味の原点なのだと考える。日本の料理を世界に伝えようと思ったら日本の『乾物』を伝えなければいけないとも考える。
著者、前沢リカさんと会ったのは98年ごろ、渋谷駅前のんべい横丁『やさいや』だった。『やさいや』ができて5年目のころだ。彼女は茨城の鰻屋に生まれたが、たしかアパレル関係に就職した後、会社を辞め渡英した。料理を仕事にしようと決意したのはロンドンだった。
帰国した前沢さんは広告代理店出身のささめゆみこさんの『やさいや』に入って4年間修業した。この頃はよく、青山、渋谷界隈で飲んだ帰り、閉店ギリギリに『やさいや』に飛び込んでお酒とお味噌汁だけいただいて帰るということをやっていた。前沢さんが嫌な顔をせず対応していただいたのを覚えている。
「江戸料理や茶懐石に精進料理の仕事が好きだったので『やさいや』はできるだけ手作りで、野菜、乾物、豆、生麩、海藻を使って拵えてきました」と言うささめさんとは閉店した昭和十年創業・大塚『なべ家』にご一緒したことがある。ねぎま鍋で有名な江戸料理の店だった。
ささめさんたちは『なべ家』の江戸料理勉強会にも参加していたが、前沢リカさんはその『なべ家』に移り、江戸料理研究家として名高い店主の福田浩さんのもとで1年ほど江戸料理を学び、2003年下北沢に『七草』を開店した。後に駒場東大前の古民家に店を移し、ミシュランの星も獲得した。
そんな前沢リカさんが出版したのが本書である。前沢さんにはいくつもの著作があるが、この本は長く伝えていきたい秀逸な内容になっている。ぜひ再販してもらいたい(中古では入手可能)。
前沢さんは「何度食べても何度作っても飽きることがない。ゆっくり穏やかに日々乾物とのつき合いはは深まっていきます」という。
当時、本書を手にしてひたすら作り続けたのが「高野豆腐」の料理だった。乾燥した高野豆腐を何度も水を取り換えながら絞るということを芯を感じなくなるまで繰り返す。これを素揚げすると角がカリッ、中は「これが高野豆腐!?」というほどプルプルになる。これを塩と割こしょうでいただく。炊いてもこれでもかというほど出汁を吸ってくれる。パサパサでスポンジのようだなんてイメージが吹き飛ぶ。本書にはこんな「目からウロコ」が満載だ。
「レンズ豆」「打ち豆」「大豆」「金時豆」など豆の解説も深い。いま人気の「ファラフェル」も乾物料理だ。茹でずにゴマ粒程度に砕いた「ひよこ豆」が主役。乾物は世界に通ず、だ。
「干ししいたけ」の使い方も絶妙だ。じゃがいもとたっぷりのオリーブオイルでじっくり焼き上げる。噛む程に甘味がまし、旨みが封じ込められる。
「麩」の中でも、板麩をつかったロメインレタスのシーザーサラダも面白い。
本書では他に「干ぴょう」「干し大根」「きくらげ」「ドライトマト」「ドライフルーツ」「寒天」とその扱い方と多数のレシピが載っている。スパイスなどの絶妙な使い方が楽しいが、すべて和食が基本である。『七草』という歳時記にちなんだ店名がその姿勢を表していいる。
実際に料理を作ってみると合点がいくはずだ。そして誰かに伝えたくなるのだ。
出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。