2022.03.09

阿古真理 小林カツ代と栗原はるみ
【私の食のオススメ本】

  • 書名:小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代
  • 著者:阿古真理
  • 発行所:新潮社
  • 発行年:2015年 

近年、阿古真理の著作を追いかけて、その仕事から料理と文化と女性の歴史を(時系列と言った方がいいかも)学んでいる(つもりだ)。彼女は「食や家事について歴史やトレンドを紹介している 作家・生活史研究家」であり、すさまじいほど膨大な資料から物事を読み解く。もちろん自分の足で現地にも行くし、取材も行う。

インタビューという手法はあまりとらないように思う。インタビューをすると、自由に分析して書けないのではないか。(阿古の「理想のキッチン検討会」というYoutubeチャンネルではズームで各分野の研究家とワイワイ話しているがインタビューは別だと思う)

阿古真理は「テレビや雑誌などでレシピを紹介し、家庭の食卓をリードしてきたのが料理研究家」であり「彼女・彼らの歴史は、そのまま日本人の暮らしの現代史である」と考え、「料理研究家を分析すれば、家庭料理や女性の生き方の変遷が見えてくる」ということで日本初の料理研究家論として本書をまとめたのである。

本書によると、明治半ばに「主婦」という言葉が生まれたが、それは使用人を監督する女主人のことだった。産業革命期の大正から昭和にかけて都市部に中流層が増え、自ら台所に立つ妻たちが雑誌「主婦之友」を支持するようになって『主婦』が一般化した。(農家で台所に立つ女性は主婦ではなかったのだろう。)

で、この主婦の悩みが、これまでなかった西洋野菜や肉、油脂、ケチャップ、ウスターソースなどの使い方だった。当時の西洋料理はライスカレー、コロッケ、トンカツが代表の日本の食卓、ご飯に合わせた折衷料理。これが洋食。ここで登場するのが料理研究家。都会に出て、姑のいないところで料理を覚えるための先生だ。

戦後、テレビの普及と共に料理番組が必須のコンテンツとなる。高度成長期の主婦にとって「今日の夕ご飯」が悩みとなる。ここで新たな料理研究家の需要が生まれた。江上トミや飯田深雪、入江マキなどのセレブ系が一般的な家庭に合わせた西洋料理を経済的なものにレシピを変えた。憧れの外国料理を身近にした。

土井勝や辰巳浜子が日本の料理も教えた。日本の家庭料理が作られていく時代だ。

そしていよいよ『小林カツ代』の時代だ。働く女性のためのレシピが始まる。時短料理だ。ビーフシチューでは、飯田深雪や江上トミが懇切丁寧に教えたドミグラスソースに代え、缶詰のデミグラスソースを使った。(たぶんハインツジャパンがデミグラスソース缶を売り出したのが1970年なので同商品だと思われる)

平成に入ると「カリスマ主婦」が生まれる。そのトップに現れたのが『栗原はるみ』だ。数千のレシピを提供する栗原はその場の時短ではなく、事前に丁寧に仕込ん(保存)でおいたものを使って短時間で作る、丁寧で軽やかなライフスタイルをも包括したものだった。

レシピが食卓と女性の生き方を変えてきた。レシピには時代の価値観が投影される。それを懇切丁寧に教えてくれるのが本書だ。レシピを考える者はレシピに学べることをもっと知るべきだと思う。そのためにも、レシピというものを残し続けなくてはならない。背景も一緒にだ(本書で再認識をした)。

辰巳浜子の娘、1924年生まれの辰巳芳子は強い発言を持って日本の料理というものに警鐘を与えている。料理研究家はキッチンの鍋だけを見て考えているわけではない。

「二十一世紀に心がけていただきたいのは、料理のみならず地域食材の伝承である。食材が衰えると料理は消える。本来の姿、味で伝えられない。日本の専門料理界は、こぞって食材の維持に関心を持ち、無私な奉仕で実力を投じねばならない。特に種子をを守らねばならぬ」(本書に掲載された別冊太陽からの抜き書き)
今ではこのような考えを持って、日々家のキッチンに立つ、カリスマではない人たちも増えているように感じる。

また、主婦という言葉が消え、その形は変わっていっても「家庭」という概念がなくなることはない。外食や中食がどんなに多くなっても、家庭料理がなくなることはないように思う。では、家庭料理とはなにか。その答えも料理研究家たちによるレシピの行く末とともに、本書で読み解ける。

WRITER Joji Itaya

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。