2022.02.25

山本直味 温故知新で食べてみた
【私の食のオススメ本】

温故知新で食べてみた 表紙

  • 書名:温故知新で食べてみた
  • 著者:山本直味
  • 発行所:主婦の友社
  • 発行年:2013年

本気なのかちょっとふざけているのか判らない感もあるのだが、とても重要な試みであることは確かだ。大正15年から昭和13年までの『主婦之友』の本誌や付録に掲載された和洋折衷料理レシピを愚直に再現したのが本書である。

温故知新で食べてみたーレシピ

著者は、ちばてつや賞などを受賞しているにもかかわらずデビューできずにいた漫画家・山本直味。7年間、同タイトルのブログで衝撃的で微妙なレシピの数々を再現してきた「昭和初期の風俗も探求する温故知新研究家」だ。

まずは「主婦」ということの予習。
テレビもインターネットもない時代、「一般の主婦」というポジションに届く情報は皆無だった。大正14年にはラジオがスタートしたが、ラジオを買える裕福な家庭が受信者になったのも昭和6年に起きた満州事変以降だった。

朝日新聞が一般女性に目を向けて小さなコラム「ひととき」を開始したのは昭和26年。「暮らしのなかで感じたことをまとめて投稿してもらう朝日新聞の女性投稿欄です。1951年、女性と社会をつなぐ「窓」として始まり、2021年で70年を迎えました。」と朝日新聞のサイトに記してある。女性参政権が認められたのはご存知の通り1945年だったのでその6年後である。

『主婦之友』は大正5年に石川武美によって創刊された。当時の女性誌(婦人誌)は上流階級の婦人が読むものだったので、中流家庭の主婦にフォーカスし、生活密着型にしたのは大変なことで革新的なことだった。

昭和6年ー主婦之友ー挿画ー

そこにレシピが掲載され始めたのは、関東大震災で大正12年に消失した社屋が14年に再建。その時、喫茶部と食堂部が開設されたあたりからの動きだと考えられる。読者が喫茶部を訪れた際の感想には「ランチ、ケーキ、プッティング、コーヒー、果物をうんとこさいただきました」(本書本文より)とある。

大学の食堂にイタリアン・レストランやおしゃれなカフェが当たり前になっている昨今とは時代が違うのである。

つまり、このような女性のポジションと生活文化の年表をなんとなくでも理解していないと、この本の意義は、ふざけた感の著者自演の漫画によって、PARCOが出版していた80年代前後のサブカル・パロディー誌「ビックリハウス」的な位置付けになってしまう(ビックリハウス自体も何のこっちゃの時代になってしまったが)。これは大真面目な研究発表なのである。

温故知新で食べてみたー実写漫画
著者による自作自演、実写漫画もあり

著者は料理を得意としていない。余計なことができない。これが7年間再現を続けられた理由であろう。著者は、作る料理はできるだけ当時のレシピの再現に徹し、美味しく工夫しようとはしていない(おいしくないというわけではない)。そこが、研究実験としての正しい在り方だ。

当時人々が食べていたものをいま食べて、現代の料理より「おいしい!」となる率は低いのだと思うが、著者の解説文章を読んでいると、食べてみたい欲求が増幅するので不思議だ。これは笑って読み飛ばすレシピ本ではないのだ。

出版社の料理編集部は本書前書きで「明治に入ってきた西洋料理の素材、調味料、調理法は大正、昭和にかけて、日本の食卓風にアレンジされ、和洋折衷料理として各種雑誌で提案される。当時の主婦たちも何だろうコレは?と家族の驚く顔、喜ぶ顔、お喋りの話題になるかしら、とわくわくしながら作ったに違いない。」と書いている。きっと著者はこの時代にタイムスリップして、どこかの家族の一員として食卓を囲んでみたかったのだろう。

本書には第一章「衝撃レシピ」として、奇想天外な組み合わせ/デンジャラスな食感/くぎづけの6色ソース/度肝を抜くワザ/きらめくおかずとある。現代から見たカテゴリーだが、ムズムズする食欲を感じるではないか。

冒頭の写真『鯖のグラタン』のレシピが「衝撃のレシピ」の最初にある。「鯖も、作り方によって、美味しいグラタンができます。脂の強い魚は、すべてこの方法試して御覧なさい。」とある。現代ではなかなかない言い回しである。山手言葉の香りかしらん。明治に設立された東京割烹女學校、人気料理研究家・秋徳敬子先生によるものだ。なお、この鯖は酢に漬けられ、直火で焼かれてからグラタンになる。うーん、だ。

私が興味を持ったのは以下のレシピである。各レシピには☆ならぬ著者マークのおいしさ等級がつく。
干物のポテト詰/マカロニと烏賊/バナナとベーコン/バナサラダ/カステラのゼリー(!)/きゅうりのコロッケ/フライド・チョコレートクリーム/胡瓜のシチュー/とまと豆腐/芝海老の人参詰サラダ/オートミールプディング(おいしさ等級なし!)/玉子のゼリー(!)/フライエッグ・マヨネーズ・ゼリー(!)/ひき肉のロール御飯/日本味の豆腐のフライ/トマト汁粉(!)/鰯のフライ鍋・・

バナナは高級。サプライズケーキのようだがこっちが先駆者?

私たちはおばあちゃんの知恵とか伝統的な調理法とか、ロマンも含めて大事に後世に伝えようとしているが、本書で再現された時代のチカラ技的レシピも区別することなく残したいと思う。個人としては「主婦」という言葉はもう無くなっていいのだと思うが、主婦という立場の人たちが、歴史の中で家族のためにと作ってきたものは大切に残したい。そんなことを思わせる再現レシピブックだ。

WRITER Joji Itaya

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。