2021.02.09

宴のあと

これは2008年から2013年まで ニュー・サイエンス社発行「季刊・四季の味」に『銭屋の勝手口』として連載された銭屋主人・髙木慎一朗による随筆の一編です。連載では料理人である筆者の目と体験を通して日本料理の世界と人、美味しいものなどについてが綴られています。今回はNo.59 冬 2009年12月10日発売号に掲載されたものを出版社の許諾を得て掲載いたしました。 


今年も残すところあとわずか。今年の冬らしからぬ穏やかな天気に、ついのんびりしてしまいがちですが、十一月六日のカニ漁解禁と同時に、金沢の料理屋は一気に忙しくなります。また師走の気配が感じられる頃には、かぶらずしやおせち料理の準備なども始まりますので、銭屋も一気にバタバタし始めます。

過ぎゆく年を名残り惜しく振り返る余裕がないのはいつものことですが、ここで今年もっとも印象に残った出来事について回想してみようと思います。

十一月十一日から五日間、東京銀座のベージュ・アランデュカス東京で「ランデヴー」という企画に参加しました。昨年から始まった企画で、日本料理の料理人とフレンチのシェフが、まさに共同作業でメニューを考えて、コースを仕立てるというものです。

これは、いわゆる和洋折衷というものではなく、日仏シェフががっぷり四つに組んで、新しい料理を創造する、といった感じでしょうか。

昨年は京都吉兆の徳岡氏、瓢亭の高橋氏、美山荘の中東氏。今年は同じく中東氏、祇園さゝ木の佐々木氏、そして私が参加しました。

今年の三月に、私の担当は十一月だと連絡を頂いた時は、解禁直後の「ずわいがに」「香箱かに」や、ちょうど旬を迎える「のど黒」が使えるということで、ホッとしたのを今でも鮮明に覚えています。

佐々木さんとの「ランデヴー」が終了して、ちょっと一息入れた頃でした。
暑い夏の終わりに、ベージュ・アランデュカス東京の石田総支配人とシェフのジェローム・ラクレソニエール氏が金沢にやってきました。

来るランデヴーに向けて一緒にメニューを考える前に、まずは金沢の食材を見て、味わってもらい、そして私の料理もじっくりと食べていただかないと相互理解できないと思って、わざわざお出ましいただいたのです。

まずは銭屋で夕食を召し上がっていただき、翌朝は一緒に近江町市場に行って、いつもの仕入先を見て回りました。なかでも加賀野菜や石川ならではの鮮魚類には、シェフたちは大変興味を示していました。

それもそのはず、ジェロームさんの師匠、アラン・デュカスさん自身も、世界をまたに駆けて活躍する中で、それぞれの都市でその地方独特の食材を尊重したメニューを書いているそうです。その師の薫陶を受けたジェロームシェフは、金沢の豊富な食材を見て、創造意欲を掻き立てられずにはいられなかったようです。

並んでいる野菜を手にとって、「地元の人はこれをどう料理するんだ?」とか「いつ頃まで手に入るのか?」などと、加賀野菜を並べている八百屋のおやじさんを質問責めにしていました。そして、早速気になったものをいくつか東京に持って帰っていきました。

今回のランデヴーにあたって、ジェロームさんと私がまず初めに取り掛かったのは、お互いが使いたい食材のリストアップからでした。

ジェロームさん達の金沢ステイ最終日、東茶屋街を散策してウチの十月亭で食事した後、お座敷に座り「さあ、始めましょう」と石田総支配人が行事役となって共同作業はスタートしました。

あれもある、これもある、あれも使いたい、などと色々と脱線しながらも、そして帰りのフライトスケジュールを気にしながら、作業を進めていったのです。

実際にメニューを作ってからは、何度か現場で試作をしました。私が金沢から食材を持って東京に出向き、調理場スタッフのみならずサービススタッフも見守る中での、まさに本番さながらの試作でした。

もちろん最初からOKになったメニューはほとんどありません。作っているうちに新しいアイデアがどんどん出てきて、試作の度に内容は変わっていったので、今となっては最初のたたき台となった献立がどうのようなものであったか全く記憶にないのが正直なところです。

でも、これこそがまさにコラボレーションでした。お互いが気に入らない仕上がりになった時には、「どうしようか?」と二人とも腕を組み、考えこむこともしばしば。

ベージュの上野副料理長に「この一品、どう思いますか?」と意見を伺うこともしょっちゅうでした。上野さんは、そのたびに明確に、そして簡潔に適切な意見を出してくれました。

そういう意味では、ジェロームシェフと私の二人の仕事というよりも、五日間だけの「ベージュ銭屋」って感覚が近いかもしれませんね。

机上のメニューではなく、まさに現場で練り上げられたメニューは、今改めて見ても、我ながらなかなか……と唸ってしまいます。

そこで、ちょっとお昼のメニューをご紹介してみましょう。

  • 香箱かにとキャビア カリフラワーのクレーム、すっぽんスープを添えて
  • 能登産ぶり エスプレット風味の大根卸し、山葵とピキオス
  • 加賀蓮根とブルターニュ産オマール海老の団子(蓮蒸)コンソメオマール餡かけ
  • 石川産青首鴨 一本太葱と(??)、鴨モモ肉のブレゼ
  • のど黒のシャンパーニュ蒸し ソースクリュスタッセ黒トリュフ 釜炊きずわい蟹御飯を添えて
  • 五郎島金時のモンブラン、柚べしのグラス

中でも印象的なのは、オマールコンソメを使った蓮蒸でした。鮮やかなオレンジ色のスープに、薄口醤油、塩、みりんで味を整え、吉野葛でとろみをつけました。

盛り付けられたその姿は、蒸した蓮根の白さとオマールあんの鮮やかな色合いの単純なコントラストが美しく、盛りつけに関しては、これ以上触ることができないほどの完成度に思えました。

いわゆる「だし」ではなく、オマールのコンソメで作ったあんは、日本料理の調味料で味を調えたにもかかわらず、何とも言えない豊かな味わいで、モチモチした加賀蓮根にこれ以上ないほど良いバランスで合わせることができました。

私にとっては、盛りつけ、味わいともに十分に満足できる仕上がりでしたね。

この料理に関しては、作る前から仕上がりのイメージは大よそ予想できていましたが、これほどまでに面白い一品になるとは驚きでした。

さすがに、これをそのまま銭屋で、というわけにはいきませんが、新しい味の方向性を感じたことは、私にとって嬉しい限りです。

それから、のど黒とずわいかにを、同じ皿に盛りつける食材として使ったのも初めての経験でした。

「のど黒に添えるお料理、何か日本料理でないですかねー?」と、メニューの打ち合わせの際に石田さんがおっしゃったので、私は「時期を考えると、ずわいかにが美味しい時期なんですけど、のど黒と合わせたことはないですね」と答えました。すると石田さんがジェロームシェフと少し話して、「ずわいかにでパスタか御飯ってのはどうでしょう?」と返してきました。

「パスタはやったことがないので、釜炊ずわいかに御飯では?」

「それ、いいですね。それでいきましょう!」という流れで、意外にあっけなく決まったお料理です。

この御飯に関しては、昆布とかつおでだしを引き、醤油、塩、みりんで味をつけた、いわゆる日本料理の仕込みでした。

それがビックリ。トリュフのソースと、想定外の美味しい組み合わせになったのです。
コクのあるソースは、淡い風味のかに御飯とこの上ないバランスで一体化して、のど黒ともケンカせず、いい具合に仕上がりました。これもまた私にとって馴染みのある食材での、新しい組み合わせの可能性を感じた機会となりました。

実はこの「ランデヴー」、五日間だけの開催でしたが、来年の二月終わりにもう一度やろうかって話が出てきています。でも、ちょっと待って下さい!十一月用に作った献立を二月に作るわけにはいきませんよ。
何せ、金沢の香箱かには一月初旬で禁漁になってしまいます。また源助大根や小坂蓮根なども終わりの時期を迎える頃です。加えて、また一からメニューを作るには準備期間が少な過ぎなのです。さて、どうしたものでしょう。

冷静に考えて、このような難しさがあるから良かったんでしょうね。いつでも誰でもできるなら、作るほうも食べるほうも面白くありません。たとえば恋愛に置き換えて考えるならば、いくら相思相愛でも、二人の願いがかなう状況とそうでない状況があるのも、いたし方ないことではありますよね。
織姫と彦星の伝説のように、一年に一回のランデヴーもあれば、地球とハレー彗星のように約七十六年かけてのランデヴーもあるのです。

私達の次のランデヴーも、一体いつになる事やら。実はこんな想いにふけることが、宴のあとの楽しみなのかもしれませんね。

石川県金沢市「日本料理 銭屋」の二代目主人。
株式会社OPENSAUCE取締役